ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6221,閑話小題 〜 つれづれに春
              (宝田明は満州で敗戦をむかえた)
…(中略)まして国民だって当時洗脳されて浮かれていたとはいえ、
父や息子たちが戦争にとられて死んで帰ってくれば、お国のために死んで
よかったなんて人はいない、みんな心の中では泣いていたわけです。
…(中略)戦争なんて一握りの政治家が決定すれば、開始できてしまう。
国家の運命何て一握りの人間の誤った判断で変えられてしまうのです。
…(中略) 
 たかだか数人の内閣で集団的自衛権の行使容認を閣議決定したり、
今や海外で戦争をする国へと変わりつつあり憲法改正の動きも進んでいる。 
戦争を知らない政治家たちが、こういう決断をしてよいのか、と思わずには
いられないですね。
…(中略)どんなに国が大きくなっても、戦争を好む国というのは、
最終的には滅びます。人間が起こす大罪は戦争を起こすことです。
――
  * 「戦争を知らない大人たちへ」山田太一(脚本家、小説家)1934年生
(山田氏は、東京浅草で育ち、空襲ののち、立ち退きを命じられ、伊豆に移り
住む。そこで母がまもなく亡くなり、兄2人も戦時中と戦後まもなく亡くなる。)
…(略)戦争は始まってしまうと、どうにもならない。否応なしに殺しても
心が痛まない敵をつくり、こっちも殺されるから憎しみがこみ上げて、殺し殺され
になってしまう。戦後70年、日本が戦争をしなかったのは実にすばらしいことだ
と思う。幾多の偶然や力学が加わったにしてもこわれやすい宝物を手にして来た
ようなものだと思う。荒っぽく扱ってはいけない。政治家はどんな手を使っても
戦争は避けるべきで、その時はあれこれひどいこともいわれるかもしれないが、
時がたてばきっとよき選択とされると思う。それでも避けられない戦争はきっと
あるだろう。その日を総力をあげて先のばし先のばしする知恵のあるプライドの
日本でありたいと思う。
――
▼ 両親が明治生まれで、大正、昭和を生き、7人の兄と姉は戦中派。敗戦の
 半年後に生まれた私は団塊の世代の狭間で、非常に恵まれたスポットにあった。
父親が常々言っていたのは、『戦争体験は生きるか死ぬかの人生最大の試練。』
戦後70年の日本は、奇跡的経済成長の中で平和を享受してきたが、これも何時
壊れても不思議ではない。地震列島・日本も活動期に入ってしまった。
なにやしら、中国・北朝鮮と日米韓の情勢も雲行きが怪しくなってきている。
世界は歴史から学ぶ能力がないとは聞いていたが、どうも、本当らしい。
・・・・・・
5489,人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践 
2016年03月26日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー@
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で

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03月26日(月)
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