ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5161,不幸不利の7つの法則 〜③
そして今ぼくはこの四ヶ月というもの、現実の人間の顔を見ているわけだ。
なにもぼくはかれらに魂がないなどというのではない、魂の光は一再ならず閃き
出るのだが、それがすぐまたふっと消えてしまうのだ。鳩小屋の鳩と同じことで、
強と弱、近いものと遠くから持ってきたもの、卑俗なものと高貴なものとの、
永遠の入ったり飛び立ったりなのだ。あるのはざまざまな可能性のそういった
落着きのない出入りだけ、そしてそこにはつねに、あの一つの偉大な、決して
言葉に言い現わせぬ奥底の思想が欠けている。立派な顔には必ずある
あの変らぬものが。・・・ ≫ ーホフマンスタール『帰国者の手紙』より
▼ 顔に責任を持て、と言われても今更だが、年齢を重ねた顔には責任を
持たねばならない。特に、政治家の大事を成し遂げた顔は、大事の象形文字
と見ることが出来る。『わたしはこういう人間だ』と、そのまま書かれている
ようだ。先年、亡くなった片岡球子の人物画の顔が良い。人間の顔が象形文字
ということを知り尽くしているから、あのような顔がかけるのである。
顔は魂の表出、老いてきたとき、行蔵が、そのまま現れ出る。
・・・・・・・
3689, 自己を見つめる −12
2011年05月02日(月)
* 世間とは 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
世間についても、何度も取り上げてきた。特に絶対神を持たない日本では、
右に倣えの世間的価値に同化することが善になる。人生の最晩年になって、
いかに、それが自分の壁になっていたことに気づいて慌てふためく。
(それさえない人もいる)世間から身を守るためには、やはり読書か、芸術や
趣味などに専念するなどライフワークが必要である。世間を否定するのではなく、
それと、心底で距離を置くことが必要である。
ー以下の、哲学的世間論も分かりやすい。
【 ー世間とはー 世の中の人が判断する仕方に従って判断する。大勢に
準じた生き方のスタイルが、自分自身の生き方のスタイルになってしまう。
それ以外に自分の人生を考える余裕もすっかりなくなってしまう。なにしろ、
そうした自己喪失的な大勢順応の暮らし方のほうが、気楽で、安心で、責任が
なく、居心地がいいのである。 下手に逆らったり、別の道を選ぶと、世間から
締め出される危険性が忍び寄ってくる。 みんなと一緒のほうが安全なわけである。
したがって、誰も、真剣に自分のほんとうの生き方の道などを考えてみよう
とはしない。 ハイデッガーは、こうした自己喪失的な世人のあり方を「頽落」
と呼んだ。そのときには、世の中の人は、いやな過去のことはどんどん忘れ、
将来の成功のことをもっぱら予期し、現在の周りの出来事には、最大の注意を
払って、そこでの出番の成り行きに汲々となる。そのとき世の中の人は、好奇心
に動かされて、噂話や風評に打ち興じ、物事の真相を曖昧にしたまま、仕事や
趣味や遊びや気晴らしで、興奮した多忙な日々を送る。そうしないと、恐ろしい
倦怠と、ぞっとするような人生の深淵が眼に入ってきて、鬱陶しいのである。
そうして、無責任で活気にみちた興奮と狂乱と日常的な世界内存在の表面
ないし前景を形作ることになる。・・・ 】
− 世間とは、無責任で活気にみちた興奮と狂乱と日常的な世界内存在に
生きている人たちをいう。しかし人間は、自分の存在の根底を見つめたとき、
投げ出された底なしの存在に、不安を覚えるもの。その気分の方が、人間の根源
に潜む根源的気分であると、ハイデッガーが看破した。それは死にさらされた
自己自身の存在の自覚とともに立ち上がってくるという。その逆に、存在の根底
から目を背ける人たちが世間の人である。我々は底なしの存在から目を背け現象
に気持ちを集中させて生きようとする別名、俗人ということになる。
俗人も悪くはないが。
・・・・・・・
3324, 「B層」という「IQ]が低い人々
2010年05月02日(日)
ー「知の衰退」からいかに脱出するか?ー大前研一 (著) の中で、
B層という言葉が印象的に残った。
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05月02日(土)
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