ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■脳がよろこぶ話 ー2
10歳位までの私の武器は、大声で泣くこと。大家族のためか、自分の主張や欲を少しでも見せてはならない
原則があった。 大家族の特徴は誰に対しても心が開けない、群れの中の孤独がある。両親の職業、教養、兄弟の
自分の立ち位置と、時代背景などが、自分をカタチつくっている。振り返ってみて、生まれ育った国と、時代と、
家庭に恵まれていたと、つくづく実感する。それ以上に面白かった。これから、そのツケが帰ってくるか、こないか。
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3848, 料理はメディア
2011年10月08日(土)
  * 料理はメディア、コミュニケーションのツール  ≪「知的な大人へのヒント」林望 著 より≫
【 食べるときは考えながら食べる。どうしておいしいんだろう、また、こんなにまずいのはどういうわけだろうとね。
それはしかし、自分の中で考えておけばいいわけで得意がってベラベラ言う必要はない。大切なことは「よく味わう」こと。
それがおいしかったら、「うまいなあ、実にうまいなあ」と言って、おいしそうな表情をして、食べる。
 この「食べる表現」ということが肝要です。 料理はメディアです。コミュニケーションのツールです。
本来は、主である自分がつくって客たる相手をもてなすというのが食べ物をメディアとする、コミ二ケのあり方です。
 昔は、人を招いてご馳走することを「主(あるじ)もうけ」とも言いました。この言葉はそういう機微ですね。
つまり、主人がつくって客をもてなす、で、実際にそういう場合も多くある。 そのほかに料理屋に行くという形の
「主もうけ」もありますね。それは、ほんとは自分でつくってもてなしたいけれど、その技術を持っていないとか、
自分よりずっと上手な人がいるというので、その板前さんに委嘱して、自分のかわりに料理してもらっているわけです。 
それが、料理屋でもてなすという本来の意味です。つまり、なぜ、この店に招いたかというと、ここの料理が
美味しいので、これをぜひ食べて欲しいのに、全然料理の味なんかそっちのけで、つまらないゴルフの話ばかりして
いられたら、主がわも、またその代理としての板前さんも、がっかりしてしまうでしょう。
そういうことを考えてもわかるように、料理というのは、コミュニケーションのための手段、つまりメディアなんです。
プロの料理人は料理に命を賭けている人たちですから、いい板前さんは一生懸命考えて、大変な努力をして、板長に
なっていく。そういう人が、多くの知恵を結集して、額に汗して出してきたものを、知らん顔して食べていては、
それは仁義にもとる。薀蓄など語る必要はないのです。「美味しいな〜」だけでいいんです。】
▼ ファミレス、イタメシなどは、その店の個性があり、それに惹かれ客は店に行く。その個性が店のメッセージ。
 美味しいものを食べつくしてきたので、それほど美味しいものを食べたい欲求は少ない。それより、店の醸し出す
雰囲気をが好きで、それを求めていく。それ自体、既にコミュニケが始っている。 隣の席で、私が注文した料理の
薀蓄を自分の部下の女性に得々と話している人がいたが、これほど不愉快なことはなかった。家内も私も、美味しい
料理の場合は、小さな声で、美味い美味いと自然に言う。それが、更に美味しくなることを知っているからだ。
チョットした店構えの店で、売りにしているものが美味くないわけがない。ビジネスマンは、その交渉の前後に
食事を共にとる。食事を通してメッセージが幾重にも伝わる効果があるからだ。
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3483, フューチャリスト宣言
2010年10月08日(金)                   
「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著)
 ー内容(アマゾンより)
インターネットによってすべての人に学ぶ可能性がひらかれ、ブログが名刺になり、ネットでの評判がパワーとなる。
過去に何を成したかではなく、いま何ができるかだけが勝負の「新しい世界」の到来。日本社会との齟齬はないのか?
談合型エスタブリッシュメント社会をぶち壊し、新世界の側・ネットの側に賭けよう。

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10月09日(木)
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