ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4941,閑話小題 ー夜半にみた恐ろしい夢
その怒りが呪いになっている。「ほんとうの私」という幻想こそが、悪魔の正体。
呪いは、自滅につながる。なる程、呪い呪われの時代である。これが当分続くとしたら、
正味の自分の心のシェルターを用意すべきか。その正味の自分も幻想?
・・・・・・
3834, ツール(道具)について考えてみる ー1
2011年09月24日(土)
電動アシスト自転車を使い始めて二年になるが、その日から日常が変わってしまった。
足馴しに自転車で自宅から20分ほどの信濃川の長岡大橋から大手大橋を一時間ほど一周
したが、自動アシストのためペダルのストレスが半減。そのためか信濃川一周のポタリングが
快適であることに気づいた。 空気が新鮮で、野鳥が多く飛び交い、川幅が広く、流れが緩やか。
そこから見る360度の視界がまた良い。川向こうから街中に向かう長岡大橋の上からの
パノラマはライン川の風景に決して劣らない。それと何より、自宅の生活圏から一歩外に出た
開放感が良い。自宅近くの栖吉川を30年近くウォーキングをしてていたが、丁度その頃に
工事で遠回りをしないと何時ものコースを行けないこともあり、切り替え時だった。
以来、12月から3月を除いた連日、信濃川周辺のポタリングは日常生活の大きな柱。
新たな手段が生活を変えてしまった。10年前にパソコンをものにする最後のチャンスと必死の
思いでパソコン教室に通いだし、このHPを立ち上げた。それ以来、パソコンとネットが生活の核に
なっている。 過去を振り返ってみて学生時代に残した日記が、当時のままを記憶として
残してくれている。「書くこと、書き残すことの秘儀」というか、その価値を数十年後になって
読み返して気づいたこともあって、一日一文をHPに書き残すことにし、それが現在も続いている。
事業のためとか、自己顕示欲のためでなく、「いま、ここ」を書き出すこと、書き残すことの価値を
知っているからこそ続いている。日々の痕跡を残すために、ブログほど便利なツールはない。
そのためには開き直りと、公開の結果のマイナスの危険を承知した上に、それ以上の何かの
利点を直感しているから書き続けている。 要は、道具が逆に行動、習慣を決めてしまうのである。
道具というと聞こえは悪いが「ツール」というと、納得する。
・・・・・・・
3469, 基本的信頼
2010年09月24日(金)
人間には二種類ある。 基本的信頼が強い人と、基本的不信の強い人である。
それは「自分だけは大丈夫」という原初的な感覚につながっている。 何時も言っているが、
身近に幼児期に両親の愛情がタップリ入っている人がいる。
その過剰は自分は特別の存在という感覚が強い反面、非常に精神的に強い側面がある。
乳幼児は非常に無力で、助けてくれる人を必要としており、基本的信頼が満たされていると
「世界は自分を大切に扱ってくれる人がいる」という感覚を得ることが出来る。
この感覚は人格の一番奥底に存在する安心感、自己信頼感を形成をする。
この感覚が強ければ強いほど何かが起こっても何とかなると考えられ、自分の希望は
叶えられるという全能感を得ることが出来る。基本的信頼を与える存在は、母親か母親的存在で、
子供を自分のように愛せるかどうかで、この感覚が左右する。E.エリクソンによると、
「基本的信頼感の獲得」という乳児期の発達課題は、良質な母性的養育関係を通して達成される。
「自分は見捨てられていない」「ここにいていいんだ」「自分には価値がある、受け入れられている」
という基本的な信頼感を、乳幼児は求めているのである。片親の子供は就職に不利というが、
企業も経験的に組織人として基本的信頼がベースにある人を選択するのも、こういう事情がある。
それは人間的な温かみとして表出している。これだけは、隠そうとして隠せない。
その意味で両親の素質と相性は大きく子供に影響している。とはいえ、兄・姉を見ていると
同じ環境で育っても大きく違う。それは、両親との相性が大きく左右している。そうこう考えると、
多人数の姉・兄の末っ子で両親に特に愛された実感があるだけで充分に恵まれていた。
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09月24日(水)
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