ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4910,ホントに大事なお金の話 −6
《 思へばこの世は常の住み家にあらず  草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし 
金谷に花を詠じ、栄花は先立つて無常の風に誘はるる  南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて
有為の雲にかくれり人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、
滅せぬもののあるべきか これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ・・・》
 所詮は、幻想のようは儚い一生を鳥瞰した歌詞。
   マギーは、ウパニシャッドを簡潔にまとめてあり、分かりやすい。
  * ウパニシャッドとは   ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
【15、6歳のころ、世界の偉大な宗教の経典を集めた「世界の聖典]という本を学校の図書館で
見つけ、読んでみた。この本の中で、唯一、私の想像力を心底かき立てたのが『ウパニシャッド』。
 驚いたことに次のような記述があった。「ー人間の知識と経験の全領域はイメージだけで
成り立っており、そのイメージは流動的であって、永遠不変の存在を持たないのだが、それに対して
実在する現実は、永遠に存在するものであるけれども、我々は直接それを知ることができず、
それを明確に把握することもできないー」。 
私は自分の考えが目の前のページに、それも数千年前の昔の書物に載っているのを見て愕然とした。
そこには、さらに、私の思いもつかない説明まで書かれていた。それによれば、「私たちの心には
無数の多様なイメージが浮かぶが、そのイメージを去来させているのは、個々とのイメージと
同数の、直接触れることのできない対応物ではなく、あるひとつの大きなものである。
 私たちは個人として生まれたときから分化し、死ぬと再びそこにとけこむ。突きつめると、
実際には、その大きなものしかない。互いに相容れることなく個々に分離しているのは、
イメージだけである。また、イメージはあくまでイメージであって、主観的ではかないものである以上、
そしてとくに、人間には生来、イメージを独立して存在する事物と混同する傾向がある以上、
イメージを幻想とみなすのは、しかるべき理由があることになる。分離した個々の事物、
人間を含む個々のあらゆる事物は、してみると現像ということになる。現実には万物はひとつ」 
・・・私には、この見解は確認できないように感じられたのである。たとえこれが真理であった
としても、そのことを知るすべが見当たらなかった。 とはいえ、この見解は、ある重大な事実を
痛感させてくれた。私は自分でも気づかぬうちに、ー存在しているものは基本的に私たちの
考えていることに「似ている」、すなわち多種多様なものが存在していると想定していたー
のだが、この想定には根拠がないことが明らかになった。考えてみれば確かに、
現実の本当の姿はどういうものかをめぐるいかなる意見にも根拠がないように思われる。】
▼ 過去を振り返ると、実際あの時の経験は記憶とていて残っている。その対象も物理的に
残っているものもある。しかし時間は、記憶も、物理的残存しているものも、容赦なく変えてしまう。
そうすると、残っているのはイメージ。 そうこう考えると、ブラフマンの存在こそ、そこから発生し、
そこに戻っていくという考えに、ついつい・・・ 夢幻でしか!と。恋愛など、性欲がつくりあげた
イメージのダンスでしかない。ダンスが終わったら・・・ 類推は、いくらでも出てくる。
  ・・・・・・・
3438, 腰痛について
2010年08月24日(火)
 腰痛について何度か書いたことがある。《下にコピー》去年にも二回書いている。
そういえばこの一年、日常的な腰の重みはあっても、顔をしかめるほどの腰痛はない。
一年間何もないのは近年には記憶がない。 低反発マットと、海老反りマシーンによる背筋伸ばしと、
立振動のバイブレーション・マシーン効果がでているようだ。四足だったサルの祖先を持つ人間が、
両足で立って歩くようになったのが、腰痛の原因。特にディスクワークで椅子に座る時間が
長い人とか、立ち仕事の過剰が腰に負担をかけるのが原因。  日常的に心がけることは、

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08月24日(日)
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