ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4896,ホントに大事なお金の話  −2
2011年08月10日(水)
  { 「天才だもの。」ーわたしたちは異常な存在をどう見てきたかー 春日武彦著 }
 天才に関する本に何故我われは引き付けられるのだろう? それぞれの専門の切り口が違っているところが面白い。 
天才と気違いは紙一重というが、気違いの部分が重なっているだけ。 天才と気違いは凡人の世界から遥か彼方から
違った視線で、逆照射している部分は同じである。何処が違うかというと、目指した対象の創造されたものが
卓越した結果を出しているかどうか。気違い?は、そこまで完成させる執念がない。そのへんが凡人と重なっている。 
凡人も一度は狂い逆照射すべきだ!そうでないと?
ーまずは、序文の中からー
【 P/16 ー天才について語る時、多くは凡庸な語り口になってしまう。ここで語られるのは、
「天才」そのものよりも、私たちがどのような人物を「天才」と見なしてきたかについて語られている、といってよい。
・・・ さて天才の定義である。あたかも天から授かったかのような傑出した才能に恵まれた「選ぼれし人」
といったところだが、世間のイメージとしては、天才にはいくつかの条件が求められる。早熟といった点は
どうであろうか。天才は彗星のごとく登場する、しかも少年や青年のうちに・・ 。 
またランボーが不細工で貧相な中年男なら、あれほどの評価は得られなかったのではないか。画家のビュッフェも
画壇への登場は若干十九歳であり、ローティーンにして大学の数学科を総代で卒業したとか、天才以前に紳童である
天才伝説には必要なのかもしれない。・・・天才は日常生活においては無能ないし常識外れであることも、
世間は期待する。グレン・グールドは夏でも手袋をしていたとか、三島由紀夫は寿司屋でトロしか頼まなかったとか、
ディケンズは青い紙に青インクで原稿を書いたとか、ペン・ジョンソンは立ったままの姿で埋葬してほしいと
言い残したとか、その類の逸話を求められる。大いなる才能へ脳が機能の大部分を捧げてしまったため、
ごく当たり前のことが余力を割り当てられなくなってしまった、さもなければ形而下の出来事など関心の外へ追い
やられてしまっているのだと理解することによって、やっと我々は彼らを怪物と見なさずに済ませられるわけである。 
そして天才は幸福であってはならない。少なくとも世間一般で言うところの幸福に甘んじては困る。
いい歳をして電車の切符集めが趣味とか、五〇を過ぎても童貞で平気とか、金銭にまったく無頓着とか、
食事のメニューが一年三六五日同じとか、そういった非現実的なところがないと困る。あまりにも卑俗な欲望を
刹き出しにされると、我ら凡人たちのライバルとなりかねない。それは承服しかねるということになる。
妄想の持ち主、つまり精神を病んだ人たちは、ときに自らを天才と称す。つまり誇大妄想である。 統合失調症では、
当初は被害妄想に脳まされているうちに、狙われる自分ー>自分は狙われる価値ある存在ー>自分は天才だから
狙われる、という具合に変化を遂げるに至る。】
▼ 軽いタッチの天才に関する随想といった内容である。別に、御堅い天才論は別の本で読んで、
 これは我われが日常感じているレベルで読者と共に楽しめる内容である。この情報化の時代に、あまりに多くの
天才の才能が花開いてしまうため、逆に天才が見逃されるのではないだろうか。時どきブログで、「私は現在、
精神を病んで、一歩学術の世界から身を引いて・・云々」のプロフィールに正直に書いてあるのに出会うことがある。
むしろ、その方が、我われを引き付ける。特に、哲学とか論理学で行き詰まり精神に異常をきたし格闘をしている
人の文章こそ真実にみちている。以前なら絶対に目にすることのできなかった人たちの血と汗が、直接伝わってくる。
 ・・・・・・・
3424, iPad 対 キンドル ー1
2010年08月10日(火)
『iPad 対 キンドルー日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』 西田宗千佳著
 *「ウィスパーネット」が、kindleの秘密
アマゾンが発売した電子ペーパー本といったようなキンドル。「ウィスパーネット」といわれる通信機能が特徴。

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08月10日(日)
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