ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6697,閑話小題 〜左右別々の靴を履く人

▼ 三人の年齢の設定が50代前半。私より20歳は若いが、この3人が殊のほか
 老けている。私より、20歳も年配?と背筋が寒くなる思いがした。しかし、
これが現実。70歳の峠をこえて二年半経過したが、早朝のチャリ散策と、ジム
で2〜3時間の運動量を確保している割に日々の身体の衰えは尋常でない。
まだ食欲と、TV、ネットサーフィンなどへの知的好奇心は旺盛だが… 
< 子供叱るな、来た道じゃ。年寄り笑うな、行く道じゃ、来た道、行く道、
通り道。通り直しのきかぬ道… >は、他人事であったが、それが吾身とは。
50歳代の10年近く、捨身で「残存30年分を遣り尽くしたことが、一番の成果と
実感する日々。しかし、いま一つ! 20歳代、とりわけ学生時代を高度成長
経済の時代を背景とした恵まれ、充実して過ごせたことが人生の宝である。
それと、深く考えずに、『装置産業』を選択して、有り余る閑静な
「いま、ここ、わたし」(永遠)を、十二分に享受できたこと。直に泣くことに
なるとしても、<本当に、こんなんで良いんでしょうか!>と思えば、そうなる。

・・・・・・
4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方
2012年07月17日(火)         
 ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」   
           〜『定年後 ー豊かに生きるための知恵』加藤仁著
 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人
を超えているという。「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演
『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。
私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。
しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。「定年後の人生こそ、
自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己
本位の生き方に大きなヒントがある、という言葉が痛いほど分かる。
定年後は自己本位への第一歩から始まる。
 ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー
≪*「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして
 好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の
 人間のように立ち竦んでしまったのです。・・そのころ、明治33年、33歳の
 時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。
 そして1年が過ぎ、苦悩が極まった時に、あることに気づきます。
 自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」
 や不安の根本原因だったのではないかということです。(私の個人主義)
*「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらを
 でたらめにただよっていたから、駄目であったということにようやく気がついた
 のです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、
 後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似
 をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば
 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に
 吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりといいたいくらいごろごろして
  いました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識と
 いってもよし、とうていわが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしい
 ものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、
 またみんながそれを賞めるのです。」(同前)
ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。
「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで「他人本位」が
 自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」
 から脱出する鍵を握っていると考える。つまり、外から無批判に「鵜呑み」
 で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、

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07月17日(水)
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