ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6196,閑話小題 〜春のめざめの時節ですか
これで同じことを被験者に求める。「テーブルに蝋がたれないようにロウソク
を壁に取り付けてください」こうすると、被験者たちは易々と正解に辿り着く。
もともとの問題が解けない理由は「機能的固着」のためだとされている。
人々は、画びょうが入っている‘箱’の存在に気がつかない。気がついても
その真の価値に気がつかない。箱の機能を無意識に固定してしまっている為だ。》
▼ 箱から画びょうを外に出した後に、内側から壁にとめて、土台にする考えに
至るのは非常に難しい。そこで元もと外に出しておくと、直ぐ正解に辿りつく。
中村天風のカリアッパとの禅問答、『一度、コップの水を空にしてから、新しい
水を入れろ』の教えに通じる。私たちの日常生活でも、固定してしまった箱に
目を捉われ、その中身を取り出したり、箱そのものを他に利用しようとしない。
死を直前にした虚無の怖れに直面して、それまで縛られ、拘っていた固着に
初めて気づく。そして、独り、『しまった!』と嘯くのが人生の常。そして、
般若心教を急ごしらえで学ぶことになる。それさえ極、一部だけ。
そこで、ドリップアップをした向こう側からの逆転の視線が必要となる。
・・・・・・
5464, 『中村ウサギー他者という病』 ー2
2016年03月01日(火)
* 自殺未遂の顛末
彼女が書くと、いまいち、シリアスに感じられないのは何故?
自殺をしようとする時には、何か夢うつつの思考ゼロの状態というから、
当人が後で書いた内容は、軽いタッチになるのか。それは、死刑執行直前に
助かったドフトエフスキーのとはチョッと違う。死刑のそれはと、著者の
死にたい気持ちは違う。 〜内容は、あまりにもシリアスである。
≪ 死にたいと思ったことは、それまでにも何度かあった。が、
足が立たないのでタオルを取りにひとりで浴室に行くこともできない。
「身体が不自由だと自殺もできないのだな」と、薄く笑って諦めた。
しかしここ最近、私の身体はめきめきと回復して、家の中なら自分の足
で歩けるようになった。だから、「もう死ねる」と思ったのである。
まず浴室に行ってタオルを取って、首に巻いてドアノブに結び付けた。
だいぶ回復したとはいえ、まだまだ身体が思うように動かせないので
腕もよく上がらず、ドアノブにタオルを結び付けるのはひと苦労だった。
ようやく結んで体重をかけたら、レバー式のドアノブだったために
タオルが滑り落ちてしまい、失敗に終わった。 これは、いかん。
息を整えて、もう一度トライした。今度はドアノブから滑り落ちないよう、
しっかりと結んだ。足に力が入らないので、このような作業を中腰で行なう
のは、なかなか大変だった。
それでもなんとかタオルを結び付け、腰を下ろす要領で体重をかけた。
気管が圧迫されて、うめき声ともつかぬ奇妙な音が聞こえてきた。
私の喉から出ている音だが、聞いたことのない声だった。顔面が充血して
くるのがわかった。そして、ものすごく苦しくなってきた時に、つい
身体がもがいてしまった。するとタオルがほどけて、またしても
失敗に終わった。人間の理想の死に方は、やはり「急死」であろう。
自分でも死んだことに気づかないほど突然死ぬのが一番だ。
私はそのチャンスを逸してしまったので、次に死ぬ時は大いに苦しむ
羽目になる。自分で死ぬのは、思いのほか、難しいのだった。
これなら、入院中に心肺停止した時のほうが、ずっとラクだった。
呼吸停止の時だって、こんなに苦しくなかったし。≫
▼ 女流無頼漢作家としての彼女の文章は、シリアスだが引付けられる。
それが自殺の場面では、こうなるのである。死刑になるまでの
心の風景を書いた手記を読んだことがあるが、それは、恐ろしく
リアルの内容だ。ガン末期で、死期を悟った時の恐怖も同じだろう。
それにしても、骨太の人である。
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03月01日(木)
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