ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5788,閑話小題 〜つれづれに大相撲 A
何一つなく、相亙依存の関係で存在している。この世のあらゆるものは因果の
力の影響を受けている。この基本的な考え方が正しく把握できたとき、この世
に対する見当違いの見方が修正され、物事のあるがままの姿を正しく見られる
ようになる。これこそが真の洞察である。洞察は、単なる哲学的な論理の
組み立てとは違う。精神的な盲目とか苦しみの最大の原因である、心を乱す
感情を一掃するための根本的なアプローチなのである。
どの一粒のゴマからも油が抽出できるのと同じで、生物はすべて完成に至る
潜在性を秘めている。このように物事を捉えるなら、無知とは、単に完成の
可能性に気づかない状態だ、ということがわかるだろう。ちょうど、自分の
小屋の床下に埋められた宝の存在を知らずに、どん底の生活をする乞食と同じ
である。自分本来のあるがままの姿を実現することは、隠された宝を手に
入れるのと同じことで、本当に意義深い人生を送ることを可能にしてくれる。
それは、心の平和を得る最も確実な方法であり、純粋な利他心を引き出す方法。
ジョージ.ベルナノス〔20世紀前半の仏国のカトリック作家〕はこう述べる。
「まるで、嵐の真っ只沖にあっても、静まり返っている巨大な湖の底のように、
何ものもそれを変えることができない」。安らかで心地よいこうした状態に
ある幸福感をサンスクリット語で「スカ(安楽)」という。安楽とは、聡明さに
欠けた状態と苦痛の感情から自らを解き放つときに自然に現れる、精神の健全
さが永続する状態をいう。私たちが、ベールを通さず、偏見もなしに世界を
あるがままに見るための叡智ともいえる。そしてまた、心の自由と利他の
心に向かって、歩を進める喜びなのである。 ≫
▼ ご隠居生活に入って、準備を含めた45年間の肩の荷がおりたためか、
毎日をより新鮮に味わうことが出来るようになった。しかし、45年も
決して否定してはいない。面白く、充実していたためもあり、
「ご覧のとおり、そのまま結構!」と諦念の心境になっている。
せっかく「地球旅行」に参加できたのだから、可能な限り、知り、味わい
尽くさなければ、生きてきた甲斐がないじゃないか。 色即是空、空即是色!
で、去年の同月同日の文章につづく!
・・・・・・
5058,閑話小題 〜中の人・外の人
2015年01月19日(月)
ーベストエッセイ〜「中の人・外の人}いしいしんじ著〜
* 着ぐるみの「中と、外」
黒いベール(ヒジャブ)で全身を覆ったイスラム教徒の女性。
異教徒が、あれを全身に覆って街中を歩くと、何か透明人間になったような
不思議な感覚になるという。それが動物の着ぐるみなら、尚のことだろう。
ファッションも一種の着ぐるみ。著者が一年間、外出に、これを着ていた感想が
何とも新鮮! 城下町は、家紋の縫ぐるみを街ぐるみ着ているようなもの。
常に、縫ぐるみの外と内を盗み見て、他人と自分を比べ、神経を尖らせている。
〜その辺りから〜
≪ 三十になりたてのころ、外出するとき必ず着ぐるみをかぶっていた。
着ぐるみには目がくりくりで表情がデフォルメされた「ファンシー」タイプ
と、わりとじっさいの動物に近い「リアル」タイプの2種類がある。
僕が着ていたのはすべて「リアル」のほうである。クマ、犬、ウサギほか。
テレビ局の衣装部につてがあって、使わなくなった中古を安値で譲り受けた。
真夏以外、Tシャツ一枚の上に玄関で胴体をつけ、両足をはめ、すっぽり頭部を
かぶる。ふつうに地下鉄に乗り、書店で本をえらび、頭部をずらしてストロー
で水筒の水をのむ。外見は動物で、めちゃめちゃ目立っているわけだが、誰も
いない穴蔵にじっとひそみ、覗き穴から外界を盗み見ている、という感覚だった。
着ぐるみのうちにこもって外を覗いているはずなのに、ときどき、巨大な外部
にハジキだされ、世界の外から内側を覗きこんでいるという感覚にとらわれる
こともあった。交差点を渡っているとき、酔ったサラリーマンに「ウサギちゃん」
と頬を殴られ、路上でネクタイをひっつかんだら、むこうは恐怖そのものの
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01月19日(木)
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