ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[384107hit]
■5784,閑話小題 〜今度は71歳ですか
とはいえ、老いへの不安とか、死に対する恐れは、何故か少ない。
<楽しむだけ楽しみ、やりたい事をやった> 実感があるためだ。
なるほど、日々の気持ちを書残し、改めて読返すと、昨日、確信した
<「永遠の命」が実相で、「わたし」と思っている、「これ」は妄想で
しかない>と思い知らされる。過去も、いま、ここの、わたしも夢幻!
これを、その時点時点で、見ているのが、「永遠の命」の片割れの実相。
まあ、我ながら、本当に真面目、いや馬鹿真面目なことだ。
喩えでいうと、「精神的な腰痛もちが、日々を生きていくための杖代わり
に、書き続けている」が、よくも15年も毎日、飽きもせず。
・・・・・・
5054,閑話小題 ー古希ですか! ー2
2015年01月15日(木)
* 古稀ですか ー2
過去分の、1月15日分を読み返すと、それぞれの年ごとに、現在と同じ
気持ちになって感想を書いている。どの年齢の感慨も、少し文章を変換するば、
同じような内容になる。自分が老人など、どうしても信じ難いが現実は現実。
年末年始の三週間以内に、クリスマス、晦日も、元旦、誕生日と、収まる。
当日ごとに、同じような共同幻想を何とも不思議がらず、受け止め、こんな
文章を書いている。果たして、古希まで生きたのが目出度いのか? いや逆?
どうだろう。同期の大よそ4分の1が亡くなった。あと10年で、更に4分の1が
亡くなる。私の想定余命を、あと6年、と数年前にした。 私の父親が71歳で、
母親は88歳で亡くなった。その平均が79歳。このところ幸福論などの本が
面白くて、ここで書評を書いている。人生の先が、決定的、絶対的挫折?
の『私の死』がやってくる。そこで、ささやかな、幸せがほしくなる。
目先、『一対三の法則』(ネガティブ・1対ポジティブ・3)で、
己をコントロールするしかない。何か、今日を区切りとして、
「一年一区切り」と想定して、生きることが出来そうだが・・
この程度としても、恵まれていたし、面白かった!
現在も続けている、この早朝の学習習慣のお陰である。
それにしても、過去の、自分の誕生日の感慨がメルクマールとして、
面白いが、ひと様からみたら、これほどツマラナイものは無い?
・・・・・・
4689, 閑話小題 ー68歳に、つれづれに〜
2014年01月15日(水)
* 68歳に、つれづれに〜
今日は68歳の誕生日、毎年同じような感慨を書いている。早生れなので、
同期生は古希になる。スポーツジムに通っているためか何とか肉体は元気だが、
それでも日々、老いていくのが自覚できる。ただ知的好奇心と、頭の方は
マスマス冴え渡っている。情報機器の進化もあって、何もかもが新鮮に思える。
日々、固定観念が壊れていくこともある。それにしても、もっと早く、隠居
になっておくべきと後悔が残る。としても、まだまだ分厚いバイアスに囲まれて
いる自分が、ここにいる。地方の良さは、のんびり出来ることだが、反面、
情報が薄れていること。これも人生だが・・ 以前なら、飲みに出るが、
もう面倒の方が先に立つ。過去分の誕生日の感想を読み返すと、面白い。
他人にとって些細なことでも本人にとって一年で一番、感慨深いことが、
この日を振返ると見てとれる。その時どきの誕生日の感慨を真剣に考えている
自分の心(文)を振返ると、真剣に向き合っている、この人は何だろう?
誰だろう? と不思議な感覚になる。来年の、この日には読み返す自分が
いないかもしれない。しかし誰かが読んでいるかもしれない。その人が、
自分の一部を蘇らせてくれるかもしれない。もし、2020年まで生きていて、
「75歳に、つれづれに〜」を書いていたら、どんな文章になるのだろう?
そのイメージで書くと・・
〈まさか、この年まで生きていようとは思ってなかった。
今年の東京オリンピックを見ることが出来ようとは、感謝である。
そして、あの日から10年になる。良きに悪きに、この7〜8年で激変した
・・ それにしても、ここまで生きてきたもの!万歳である。〉
[5]続きを読む
01月15日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る