ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4941,閑話小題 ー夜半にみた恐ろしい夢
一応、自転車愛好家と自認できる。ところで、買う気になって、スポーツ専門店の売り場に
入ったのと、冷やかしとでは違って見えてくる。 自転車初心者コースの本を読んだこともあるが、
それにしても種類が豊富である。
 店舗だと、大たいの店が、メーカー品だと一割引、ネットでは二割引になる。 
ネットで買うのと、店舗で説明を受けた一割の差は何か?というと、自転車にまつわる
情報の差であった。そこで、店舗で一割のサービスを受けることにしたが、それだけの情報と
サービスはあった。旧来の自転車屋は、パンクやブレーキの修理を必要とする、土着の商売。
地元の長岡では、20〜30年前まで100軒あった店が20軒に激減したという。
自転車本体が、スーパーや、HCの攻勢で、売れなくなったため。「あさひ」の店頭は、殆どが
見本陳列で取り寄せがベース。 その分、多くの見本がある。 あと冬季間まで二ヶ月、
まずは距離を走らなくては! 元気のうちである。
・・・・・・
4199, 呪いの時代 ー15
2012年09月24日(月)                          
   * 「ほんとうの私」という幻想からの脱却      「呪いの時代」内田樹著
<実は私たちは「ほんとうの私」という幻想に縛られている>というドキッ!とする説が、
ここで書かれている。誰の心の奧にも理想と現実のギャップが潜んでいる。それが何時の間にか、
理想の自分が「ほんとうの自分」という幻想になり、それが「正味の自分」にとって替わっていた
としたら・・ 何だろう何時も独り呟いている  「本当の自分とは?」 ーその辺からー
≪ ・・その「幻想的なオレ」が、ある日、何かを呪ったのである。呪いの標的となったものは、
 具体的なものや、誰かでなく、妄想し、『本当の自分』が所有するべきもの、占めているべき
地位を不当に簒奪している誰かである。その呪いは、何時の間にか現実の力を持ってしまい、
破壊の塊になってしまう。破壊の力は現実の身体に根拠を持つ限りそれほど害にはならない。
攻撃が破壊的になるには、それが身体を離脱して「幻想」レベルに達したときなのです。だから、
私たちにとって喫緊の問題は、妄想的に構築された「ほんとうの私」に主体の座を明け渡さず、
生身の、具体的な生活に捉えられた、あまりぱっとしない「正味の自分」こそ主体としてあくまで
維持することです。しかし、そのぱっとしない「正味の自分」を現代日本のメディアは全力を
挙げて拒否し、それを幻想的な「ほんとうの自分」に置き換えようと私たちに促しつつけている。≫
 ▼ この文章から思いたってくるのは、 <「ほんとうの私」は実は幻想。
 周辺に見られていると思っていた 「正味の自分」が、自分の実像でないか?>である。
社会に出て、それぞれの世界で生きてきて、常に「ほんとうの私」という幻想が「正味の自分」を
見ていた覚えがある。それが私を突き動かしてきた。しかし、このようにコペルニクス的な
ドンデン返しの真理を突きつけられると、根こそぎ人生を考え直さなければならない。
そのため、神は老後の期間を与えたのだろう。話は少し変わるが、土曜の午前中に家族の
外見変身をテーマにした番組がある。家内が見ているので、自然と見るようになった。
変身願望の家族、特に主婦に、番組が美容とブランド品の服飾で変身させ、あたかも、
本当の貴女は少し手を加えれば美しいのですよ!と幻想的セレブの家族を演出する。
見る方も、本人たちも、その着せ替え幻想を楽しむバレエティ。それはそれで良いが、
少し豊かになり背伸びをすると、 その幻想世界と現実世界が入れ替わってしまう。
森林(現役)に住んでいる内は良いが、一歩サバンナに踏み入れると正味の自分に向き
合わざるをえなくなる。その時、私たちは「ほんとうの私」という幻想に縛られていた自分に気づく。
(それさえ気づかない人が多い)それと同じことが、総中流社会から総下流に幻想が移行しつつ
ある日本である。バブル崩壊後、国民の過半数が実質、預金ゼロになるなど総下流化の様相。

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09月24日(水)
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