ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[392486hit]

■4919,一度、死んでみましたが −2
それはグローバル化を活用しながら、可能にしなければならない。グローバル化の波頭でサーフィンするのではなく、
海面からは見えない潮流をとらえ帆を張ること。それには黒潮をつかまえることだ。そのひとつは、シュンペーター的
起業家精神。  ローレンス・サマーズは「21Cは、シューペンターがもっとも重要なエコノミストになるだろう」
と看破したが、グローバル化により創造的破壊がグローバルに解き放たれている。その怒涛に渦から湧き上げる
プランクトンを貧ること。もう一つはグローバル・リテラシーである。いま、それは英語である
  * 二〇五〇年の日本の影は一層、薄い。
 2010年に1億2600万人を打った人口は減少し続ける。人口減少は毎年1%GDPを押し下げる。GDPは世界全体の1.9%、
(2010年は5・8%)。人口一人あたりのGDPも、米国を100とすると、韓国の105に比べて日本は58へと沈んでいく。
しかし、日本の真の問題は人口とGDPではない。 日本の科学関係のノーベル賞受賞者は15人しかいない、
オーストリアは日本の人口の7%に過ざないが、受賞者は14人と日本より一人少ないだけだ。なぜなのか。 
エコノミスト誌は、権威に挑戦することを目己規制するからだ、と見る。 「欧米に追いつき追い越せ」の後に
何を生み出すのか、それが見えない点では日本も中国も同じである、というのである。向こう40年間、日本に
とっての最大の挑戦は、シュンペーターと英語ということかもしれない。
{ *参考  20世紀の経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883〜1950年)は、イノベーションと改善を求める
 起業家の意欲が、いかに大きな変動と変革をもたらすか注目し、起業家精神を「創造的破壊」をもたらす力と考えた。
 彼によれば、起業家は「新結合」を遂行し、古い産業の衰退を促す。確立されたビジネス手法が、より優れた
 新たな手法により破壊される。} 》
▼ 現在の日本がシューペンター的起業家精神を持って創造的破壊が可能だろうか?といえば、疑問である。
それより国家の概念が、情報端末とネットの進化で破壊される可能性が高い。ますます個人化が進み、個人が国家や、
地域社会の垣根を超えて行き来する。10年前、誰がPCが、タブレット、スマートフォンの大きさになると想像した?
・・・・・・
4177, 哲学で自分をつくる ー6 (デカルトー②)
2012年09月02日(日)            
 第二章 まだ自分をさがしているのか?(ーデカルト―②)「哲学で自分をつくる」瀧本往人 (著)  
   * まずは、「感覚」「現実」「数学」を疑うことから
 確かに間違いなくある五感と、現実。デカルトは、まず、それを疑った。現実と思っているのが実は夢でないかと。
確かに感覚で捉えても、錯覚ということもある。 まず、感覚と現実をデカルトは疑った。なる程、デカルトは
近代哲学の祖。ここから、まず疑うのが知性、理性の出発点。 膨大の情報化の真っただ中で、このへんの事を、
よく分かってないと、その洪水に流されしまう。いわゆるB層の人々になってしまう。割り切ってしまえば、
それも良いが。哲学で自分をつくろうとしているのだから、現実も、感覚も、まず疑うことから出発しないと・・ 
あの人たち?のようになる     ー その辺の記述を抜粋してみる
【◎ 最初に疑ったのは、「感覚」である。一般的には、自分が見たもの感じとったものは絶対に正しいと考えたく
なるが、デカルトはこれに依存してはならないとした。 なぜなら、見えているもの、感じているものは、しばしば
「錯覚」を起こすからである。 ・・・要するに自分からの確信は世界を正確にとらえているとはかぎらない、
ということである。逆に、この錯覚にさえ気をつければ自分の感覚もあてになる、とも言えるが、デカルトは、
どんな場合も間違いなく依拠できるもの、条件なしのものを追求しているので、感覚には依拠できないとする。
◎ 次に疑いにかけたのは「現実」である。実は第一の疑いである「感覚」とこの「現実」とは重複した部分がある。

[5]続きを読む

09月02日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る