ID:46646
せきねしんいちの観劇&稽古日記
by せきねしんいち
[240478hit]

■富士見丘小学校 6年生を送る会「放課後の卒業式」本番その1
 稽古の間、僕たちは、一度も「こうやりなさい」とセリフを言って指導したことはないと思う。だから、彼らは一人一人、全然違うスタイルでセリフをしゃべっている。スタイルという自覚もないかもしれないが、そのくらいみんなが一人一人特別で、自分としてそこにいるための努力をしたんだと思う。この、教室の場面では、それが特に感じられた。
 「何をやろうか?」「合奏?」「花束贈呈」とアイデアがいろいろ出る中、最後に「演劇がいいと思います」という意見が出る。
 この意見を出すのはリョウタくん。そっと手を挙げて、ミカコちゃんに「さっきからカリヤくんが手を挙げてます」と言われて(この場面は、黒板の前に司会と書記がいる、学級会の形式だ)、おそるおそる話しだす。そのかんじのうそのなさ。意見を言ったあと、片足を椅子の脚にひっかけて、すっと引き寄せて座るスムーズさと一緒に、大好きな場面。
 演劇をやろうということになったあと、教室の装置(机と椅子×12セット)は出番を待っている子ども達によって片付けられる。口々に、「演劇だって……」などと「好きなこと」をいいながら、わらわらと出てくる子ども達。元々はただ片付けるだけだったのが、生き生きとおもしろい場面になった。(午後の上演では「冬のソナタがやりたい」なんて言ってる子もいた)
 ここからは高木先生の「放課後の卒業式」になる。体育館のカーペットの先にいる高木先生に向けて、挨拶し、解説をしながらすすむ。
 まずはダンス。全員が登場して踊る。49秒。ダンス自体もかっこいいが、この「全員が登場する」というのが、ほんとにかっこいい。スペクタクルだ。全員が登場して、踊って、さあっと退場する。
 つづいて「演劇授業」。エレベーターが止まってしまい、乗り合わせた人たちがさあどうするか?といった即興劇。前期の永井さんの授業でやったことを元にした創作。即興のおもしろさは活かしながら、流れはほぼ決めて、全員でつくりあげていった。
 Aチームから。10Fまでしかないはずのビルのエレベーターが、100Fまで行ってしまう。ドアが開いて、降りてみると、そこは不思議な世界。彼らはとっても小さくなってしまって、元のままの巨大なクラスメートとやりとりをする。
 はじめに外に出される小柄なコウスケくんが、「この白いのなんだ?」と指さしたら(それは実は消しゴム)、客席の最前列に座っていた一年生が、一斉に指さす方を向いた。小さなこどもは、実に素直にこの「見えないもの」を見てくれた。そして、今回の1時間強の上演時間、彼らは、この想像力を使わないといけない、出演者と一緒に見えないものを見なければいけないこの芝居に、ずっと集中して、とても楽しんで見ていてくれた。
 Bチームは、エレベーター型タイムマシーンで3000年経ったらどうなるかという実験だったということが最後に明かされる。右往左往していた人たちは、最後、サルになったり、ロボットになったり、妖怪になったりしてしまう。
 エレベーターは、図工で作った木の板(棒)を四隅の柱に見立てた。2つのチームは、エレベーターの位置を、フロアの全然違うところに設定した。これは、子ども達が、自分でどこでやったらいいかを話し合った結果だ。最後に登場する科学者たちの話す位置も同様に。
 「演劇授業チーム」は、即興劇ということだったのだけれど、練習を積み重ねるうちに、だんだん「こんなかんじ」というふうにゆるやかにお話が決まったものになっている。本当の意味での即興ではないのだけれど、彼らが発する言葉とそれを受けている聞き方は、とても嘘がなくて、書かれた設定でセリフをどうしゃべるかということとは、全然違うものになっている。何より、彼らが楽しそうにやっているのがいい。
 続いて、「世界の子供たち」。戦争や内戦で苦しむ世界の子供の子供たちの手紙を、みんなで語る。「ここにいない人のことを思ってみよう」という授業でやったことの発表だ。舞台と、客席の後側、体育館全体を使った演出。「たすけて」とか「殺さないで」といった叫びが、稽古のときは、なかなか叫びにならなかった。今日はきっちり聞こえてくる。

[5]続きを読む

02月24日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る