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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■あの日から10年。
“復興”の陰に課題 阪神大震災から10年
<震災アンケ>「被災地復興」65% 「生活に影響」64%
神戸新聞・震災10年 1・17特集

今日で、阪神淡路大震災から10年が経ちました。

被災した人は、それぞれの思いを胸に今日を迎えました。

毎年そうですが、この日を迎える夜は、

やはり、いろいろ考えてしまいほとんど眠れません。

午前5時46分、黙祷。

10年目の今日、外は雨が降っています。涙雨でしょうか・・・。

あの日を振り返ってみると、

地震が起きる寸前に、当時飼っていた犬のクッキーに起こされ、

クッキーが布団にもぐって来た直後、大きな地鳴りがし、

(今でも、背後から大型トラックが近づいてくると、

地鳴りを思い出して、思わずドキッとします。)

ズドーンと下から突き上げられる衝撃のあと、

とても文字では表現できない、激しくかき回されるような大きな揺れを経験しました。

布団の中で、必死にクッキーを押さえ、

何かが崩れる音や、ミシミシ、ベキバキという音を聞きながら

揺れが収まるのを待ちました。

地震直後は、何が起こったのか理解に苦しみ、

日本全体が同じような事態に陥っていると思ったほどでした。

幸いな事に家族全員怪我も無く助かったのですが、

自宅は全壊に近い半壊で、約3週間ほど近所の会館に避難していました。

テレビで、1995/1/17の映像を見ていると、

当時感じたあのとてもつらい忘れたくても忘れられない思い出が蘇ってきて、

生きなきゃいけない価値のある人の多くが亡くなったのに、

何故自分は生き残ったのだろうかという気分にもなります。

今でも、あの時と同じくらいとても悲しい気持ちになります。

また、それと同時に避難所で共に過ごした皆さんの顔、

緊急医療チーム、スタッフさんの笑顔、

ボランティアで訪れた人たちの笑顔と

避難所で過ごした3週間のことが思い出されます。

あの日、淡路と神戸の人たちは、最愛の人や思い出のいっぱい詰まった家、

思い出の品、思い出のある町並みなど数多くのものを失いましたが、

それと同時に多くの人々の暖かい心に触れることができ、

多くの教訓を得たことも確かです。

そして、全国各地から集まった自衛隊のみなさん、消防のみなさん、

警察のみなさん、医療チームのみなさん、電気、ガス工事のみなさん、

ボランティアのみなさん、救助救援復旧活動に携わってくださった

全てのみなさんのおかげで、被災された人が勇気付けられ

ここまで頑張ってこられたことも事実です。

支援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

人口は震災前を上回り、街は震災以前よりも美しくなり、

元の賑やかさを取り戻したように見えます。

しかし、その裏側では地域格差が広って、人の繋がりのない寂しい町があったり、

一歩路地に入れば区画整理のため、手付かずのままの空き地がたくさんあります。

そして、復興住宅で寂しく過ごすお年寄りが大勢います。

最愛の人を亡くし、心の傷が癒されることのない人もいます。

あの日、震度7の揺れは等しく平等でしたが、月日が経つにつれ、

崩壊したり焼けたりして自宅や職場を無くしてしまった方や、

最愛の家族を亡くされた方と、

自宅や家族が無事だった人との心の差や経済格差が開いてきました。

私たちは、そういう心の差をちょっとでも埋める努力をしてこれたでしょうか。

また明日になると、何事もなかったかのように、

来年の1月17日がくるまで、TVや新聞は報道しなくなるでしょう。

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