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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■PTSDでは、しばらくイラクに戻れないね。
最近、サヨクプロ市民がアメリカのパウエル国務長官の
「日本人は今回の事件の3人を誇りに思うべきだ」という発言を
引き合いに出して3人を援護しているのをよく見かけるのですが、
英文にある「and very proud of the soldiers that you are
sending to Iraq that they are willing to take that risk.」はどこにいったの?
パウエル長官の発言原文
パウエル長官は、その人質と同時に「危険を顧みずイラクに赴く兵士(自衛隊)を
誇りに思うべき」と言ってるのですが、一部メディアは恣意的に編集して報道し、
サヨクが「流石は穏健派だけあって、イイ事言う。」とそれに飛びつくと。
パウエル長官を引き合いに出すことは、
自衛隊派遣を容認するってことなんだけど、そこんとこ分かって広めてるのかね?
◆<イラク人質解放>3人が羽田に到着 会見には出席せず
「3人はPTSD症状発現の危惧も」 ドバイの医師診断
イラク人質解放:帰国の3人、全く言葉を発せず
>弁護士は「3人は死の危険にさらされた誘拐、拘束の被害当事者。PTSD
>(心的外傷後ストレス障害)の発現も危惧(きぐ)され、テレビ等の映像でも
>既に典型的症状が見受けられる」としている。
そりゃ、バグダッドに向かう途中で、銃やら突きつけられて、
目隠しされて連行されたところまでは、恐怖心で一杯だっただろうけど、
演技指導付きのビデオ撮影会があり、
毎日客人に振る舞うような食事(クージーとか)をご馳走され、
荷物は全てキズ一つ無く丁寧にポーターが運んでくれ、
着るものも洗濯してアイロンがけしてくれたほど、良い待遇だったのに・・・。
で、解放当時は「このまま残って活動を続けたい」っとか
「写真をまだ撮ってない」とか言って、
今後のことに意欲満々だった人たちでもPTSDになっちゃうの?
それだったら、解放後のあの態度はなんだったのか?
まぁ、あの時は日本での騒ぎぶりを知る由も無かったので、
家族が迎えにきて、同情を得て英雄扱いされているどころか、
自己責任だの、自業自得だの、死ねだのなんだの、
家族への誹謗中傷があったとか話を聞かされれば、
これまでは、自分達と同じ思想の人々だけが集まって、
誉められたりされて、現実を見なくて良かったけれど、
ところが、今回の拘束事件で、自分たちのやろうとしてきた事とやってきた事の
全て(人生そのもの)と価値観が否定されたようなものだから、
精神的ショックはかなり大きくて、
どちらかと言えば、拘束時の恐怖心より、日本へ帰ってからの
世間の冷たい目線、警察、公安のキッツイ事情聴取の
恐怖心により情緒不安になってるんではないでしょうか。
ただ、その場合はPTSDには当てはまりませんがね。
目の前で肉親が殺されたり、日々、死の恐怖に怯える
イラク人を救済する立派なボランティアをやってきたわけだから、
「今回の一件で私はPTSDと診断されましたが、イラクの人達は
もっと苦しい生活を強いられてます。それに比べれば大したことがないので、
あえて病気(?)をおして記者会見に応じたいと思います。」
とか言って会見に応じたら、また反応は違ってただろうになぁ。
家族にしてみたら、会見の場で失言を繰り返すことを恐れたのでしょうが、
拉致被害者5人が帰ってきた時のように、家族の誰かが
「お前達は、世間の皆様に一言でも話す責務がある」なんて言って、
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04月19日(月)
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