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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■拉致被害者 曽我ひとみさんの夫 ジェンキンスさん死去
「義理の母のミヨシさんに会えなかったことがどんなに無念だったかと思います。
ひとみさんをはじめご家族の悲痛な思いを深くお察しします。皆さんがこの悲しみを乗り越え、
ミヨシさんの帰国実現に向けさらに前に進まれることを心よりご祈願申し上げます」とコメントしています。

飯塚繁雄さん「政府は重く受け止めを」

ジェンキンスさんが亡くなったことについて拉致被害者の家族会代表で
田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さん(79)はNHKの取材に対し
「人は毎年、年を取るわけで、拉致問題がいつまでも解決されないと、
こうした状況はほかの家族にも押し寄せて来る。政府、政治家は被害者が
帰国できていない今の事態を重く受け止めるべきだ」と話しました。

地村さん夫妻「心からお悔やみ」

曽我ひとみさんの夫のジェンキンスさんが亡くなったことについて、北朝鮮に拉致され、
平成14年に帰国を果たした福井県小浜市の地村保志さん、富貴恵さん夫妻は
「突然の訃報にただただ驚くばかりで心からお悔やみ申し上げます。
曽我ひとみさんは、同じ拉致被害者として、悩みやお互いの家族について
心を許して話し合え励まし合える仲間であり、今の曽我さんの心情を察すると心が痛みます。
ジェンキンスさんのご冥福をお祈りいたしますとともに、
曽我さんご家族の深い悲しみが少しでも癒やされますことを
心より願ってやみません」とコメントしています。

ゆかりの3人会見「本当に残念」

ジェンキンスさんと親交のあった人たちが新潟県佐渡市で会見し、突然の別れを惜しみました。

ジェンキンスさんが働いていた観光施設で長年通訳をしていた本間啓五さん(66)は
「あまりに突然で驚いています。2004年から13年間のつきあいで一緒に
食事やお酒を飲みに行きました。もう一度一緒に飲みたかったです。
本当に残念です」と話していました。

地元の支援団体「曽我さん母娘を救う会」の臼杵優会長(67)は
「とても残念です。曽我さんは落ち込んでいる様子だったので励ましてきました」と話していました。

平成16年にジェンキンスさんが佐渡市で暮らし始めた当時の市長だった
高野宏一郎さん(78)は「ジェンキンスさんは、想像を絶する人生を送ったと思います。
曽我さんを支えてくれて感謝しています」と話していました。

佐渡市長「家族をサポートする」

新潟県佐渡市の三浦基裕市長は12日会見を開き、
「非常にバイタリィティーある人だと思っていたので、突然のことで本当にびっくりしました。
けさ弔問に伺い、ジェンキンスさんには『曽我さん家族をしっかり
サポートするので安心してください』と声をかけました」と話していました。

拉致被害者 増元るみ子さん母親 信子さん(90)死去(NHK NEWS 2017.12.12)

北朝鮮による拉致被害者、増元るみ子さんの母親の信子さんが12日朝、
入院先の鹿児島県内の病院で亡くなりました。90歳でした。

増元信子さんは昭和53年、鹿児島県日置市の海岸から市川修一さんとともに
北朝鮮に拉致された増元るみ子さんの母親です。

平成14年の日朝首脳会談で北朝鮮は拉致を認め「るみ子さんは死亡した」と伝えてきましたが、
その説明には矛盾や不自然な点があり、信子さんは娘の生存を信じて帰国を待ち続けてきました。

鹿児島県の自宅で毎朝いちばんに煎じた日本茶をるみ子さんの写真の前に置き、
無事を祈ることを日課にしてきましたが、ここ数年は足腰が衰え思うように
体を動かせなくなったことから、施設での生活が続いていました。

夫の正一さんは平成14年に亡くなって、信子さんは一日も早いるみ子さんとの再会を願っていましたが、
12日朝、心不全のため入院先の鹿児島県内の病院で亡くなりました。

平成14年の日朝首脳会談以降、政府が認定している拉致被害者の親で、
子どもとの再会を果たせずに亡くなったのは信子さんで6人目となります。

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12月12日(火)
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