ID:45126
あんた何様?日記
by 名塚元哉
[35288906hit]

■朝日新聞 1日で態度が急変。
【天声人語】(朝日新聞 2006年07月22日(土曜日)付)

「あの戦を境にして、『神と人間』『君主と象徴』という対極の
生を生きられた天皇が、長い戦争と平和とに隈(くま)どられた
昭和という時代を引き連れて、永遠の眠りに就かれた」。
89年1月7日、昭和天皇の逝去の報を受けて、本紙の社会面に、そう書いた。

 その前年の4月の日付で、昭和天皇が、靖国神社にA級戦犯が
合祀(ごうし)されたことに不快感を示した発言のメモが残されていた。
当時の宮内庁長官が記していたというメモには、肉声を聞くかのような臨場感がある。

 「今の宮司がどう考えたのか 易々(やすやす)と」「親の心子知らず」
「それが私の心だ」。合祀への不快感については、過去にも側近が証言している。
メモはそれを裏付けるもので、歴史を変えるというほどではないものの、
大きな発見だ。

 気をつけたいのは、このメモの扱い方だ。
冒頭の社会面の記事にも記したように、
昭和天皇は、あの戦争の前と後とでは対極的な存在となった。
ひとつながりの生でありながら、歴史はそういう軌跡を描かせた。

 この、昭和の歴史と特別なかかわりをした天皇の全体像というものには、
途方もない幅と奥行きがあるだろう。
宮内庁長官を介して間接的にもたらされた幾つかの言葉から、
その像が一気にくっきりと見えてくるものではあるまい。

 メモは一つの史料として冷静に受け止めたい。
政治などの場で過大に扱うのも控えた方がいい。
もっと大きく、昭和の歴史と向き合ったり、
あの悲惨な戦争を考えたりする時の手がかりにしたい。
戦争で隈どられる時代が二度と来ることがないように。

-----------------------------(引用終了)----------------------------

>政治などの場で過大に扱うのも控えた方がいい。

ネット上では、あのメモは本当に昭和天皇のお言葉なのか?と、

様々な検証が行われていますが、

miracleさんのミラクルな日常:アチャー

もしも本当に昭和天皇のお言葉じゃなかった場合の予防線?

まぁ、2月に「皇族は発言を控えろ」と社説に書いておきながら、

昨日の社説では「天皇の重い言葉を受け止めよ」なんて書いたことに対して、

四方八方から散々突っ込まれたので、それの言い訳なんだろうけど。





↑エンピツ投票ボタンです。読んだら押してくださると嬉しいです。
エンピツ時事/社会ランキング エンピツ総合投票ランキング
Myエンピツ追加


07月22日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る