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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■「怒髪天を衝く」とは正にこのことだ!
韓国のニュースって、だいたいが笑うか呆れるかのどちらかなのですが、

読んでいて久しぶりに胸糞が悪くなりました。

これは、あまりにも酷い。

まぁ、「日本人だって強制連行していただろ」なんて意見が、

どこかから必ず出てくるんじゃないかと予想していましたが、

横田さんに書簡を送っていたことに非常に腹が立ちます。

拉致と強制連行・慰安婦は全く別次元の話で、

拉致被害者に言うのはお門違いでしょう。

確かに強制連行はありました。合法的な戦時徴用ですが。

ただ、徴用で日本に来た朝鮮人は終戦直後から続々朝鮮半島に帰ってます。

もちろんGHQも朝鮮人は帰れと命令を出してますし、

強制連行以前に自主的に渡日した朝鮮人も多数帰ってます。

現在、日本に居るほとんどの在日韓国朝鮮人は強制連行でなく、

日本政府およびGHQの命令に反して日本へ残ることを希望した者(在日一世)と

あるいは戦後に朝鮮戦争などでの難民、不法入国、不法滞在者、

出稼ぎ労働者ですなわち自らの自由意志で日本にやって来て、

居心地がいいのでそのまま住み着いた人とその子孫です。

昭和34年7月13日の朝日新聞にもそう書いています。
新聞記事画像その1
新聞記事画像その2
大半、自由意志で居住 − 戦時徴用は245人

外務省、在日朝鮮人で発表

在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで
「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、
いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、
外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。
これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、
このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は
二百四十五人にすぎないとされている。主な内職は次の通り。

一、戦前(昭和十四年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約百万人で、
終戦直前(昭和二十年)には約二百万人となった。
増加した百万人のうち、七十万人は自分から進んで内地に職を求めてきた
個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの三十万人は大部分、
工鉱職、木事職の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による
徴用労務者はごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和十四年七月に
実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年九月に実施されており、
朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年三月の下関−釜山間の
渡航が止まるまでのわずか七ヶ月間であった。

一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、希望者が政府の配給、
個別引揚げで合計百四十万人が帰還したほか、
北朝鮮へは昭和二十一年三月、連合国の指令に基く
北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰還するなど、終戦時までに
在日していた者のうち七五%が帰還している。戦時中に来訪した労務者、
復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、
残留した者はごく少数である。
現在、登録されている在日朝鮮人は総計六十一万人で、
関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は
二百四十五人にすぎず、現在、日本に居住している者は
犯罪者を除き、自由意志によって在留した者である。

■記事内容と補足「在日朝鮮人の徴用者は245人」
・終戦直前、日本には200万人の朝鮮人がいた。
・その内、140万人は終戦直後に朝鮮に帰った。
・更に北朝鮮帰還事業などで10万人が朝鮮に帰った。
・つまり200万人のうち、150万人…つまり75%が帰国した。
・国民徴用令は1939年7月から施行された。(日本人と台湾人)
・しかし朝鮮人には1944年9月まで適用されなかった。
 (つまり優遇されていた)
・1945年3月には日韓フェリーが停止されたので、

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05月18日(木)
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