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by kai
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■total stage produce『サド侯爵夫人』
total stage produce『サド侯爵夫人』@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

あの美文がこうもするする理解とともに耳に入ってくるか。演者の力量がないと成り立たない見事な舞台でした。三島由紀夫が観たらどういうかな。あのシーンにヴィジュアルを与えたことについての感想も聞いてみたいなあ……『サド侯爵夫人』

[image or embed]— kai (@flower-lens.bsky.social) Jan 17, 2026 at 21:29
感想を読んでまわっていたら、初日はかなり台詞が不安定だったらしい。人間だもの、プロといえどもいくら稽古を積んでも観客が入った初日というものはやはり感覚が変わりますよね……という訳でちいさい声でいうと、仕上がった時期に観られてよかったかも。ここ迄台詞がスパスパ頭に入ってくる三島戯曲は滅多にない。

そもそも三島戯曲は文学としての戯曲だという印象が強く、三島自身が実際の上演に納得することなどあるのだろうかとすら思ってしまうことが多い。どんな上演があっても「ふふん、やはり私の書いた文章を超えるものにはならないな」と思っていそうな……。全ての情景を文章で表現出来るという作家の自負を感じる。そこが魅力でもある。

それでも演劇人たちは三島戯曲に挑む。あの美しい言葉を自身の肉体を器として響かせたい、あの情景を舞台で表現したい。宮本亞門は、三島に挑み続ける演出家だ。今回の上演は、「天の時・地の利・人の和」が揃ったといっていいものではないだろうか。宮本さんの元に集った、三島の「美」を舞台に載せられる演者とスタッフは、「今」しか出来ない作品をつくりあげた。

配役は成宮寛貴(ルネ=サド侯爵夫人)、東出昌大(サン・フォン伯爵夫人)、三浦涼介(アンヌ=ルネの妹)、大鶴佐助(シミアーヌ男爵夫人)、首藤康之(シャルロット=モントルイユ家の家政婦)、加藤雅也(モントルイユ夫人=ルネの母親)。ホンはアレンジされており、通常なら3時間を超える上演時間を2時間に凝縮。

入場すると、既に音が鳴っている(音響:鹿野英之)。地響きのようなノイズ。これから始まる舞台が不穏と緊張に満ちたものであることを暗示するような音だ。舞台奥には8本の円柱が半円状に配置され、天井と舞台中央には穴が空いている(美術:久保田悠人)。宣伝美術(加藤賢策)でも「円=穴」は強調されていた。「円」は三島いうところの惑星の運行を示すものだろうが、その円を穴で表しているのは何故だろう。実際に舞台を観ると合点がいく。サド侯爵の不在を表す「穴」、夫の帰りを待ち続けるルネの心の「穴」、そしてサン・フォン伯爵夫人の語りとルネの語りから浮かび上がる、女性器としての「穴」(ルネが母にいい放つ「鍵穴」が決定打でもある)だ。モノトーンの美術は光によって色を変える(照明:佐藤啓)。

それぞれの人物像を象徴するヴィジュアル(衣裳:ツグエダユキエ、ヘアメイク:山本絵里子)も見事。漆黒が基調。サン・フォン伯爵夫人のBDSM(B=Bondage、D=Discipline、SM=Sadism & Masochism)、モントルイユ夫人の威厳と老いを包む喪服のようなドレス、アンヌのアクティヴなゴシックファッション(山田さんの容姿を際立たせるもので、THE 矢沢あい作画だった!)、襟も袖も詰まったシミアーヌ男爵夫人の修道服、使用人シャルロットの寝巻きのようなワンピース。ルネ以外の人物は、幕間にスーツへと着替え舞台を歩きまわる。そんな迫力に満ちた黒に囲まれ、ルネだけは一見質素にすら見える純白のドレスで通す。しかし彼女は最後に“脱皮”する。そこには黒も白もなく、肉体の色だけがある。


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01月17日(土)
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