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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『不思議の国の数学者』
『不思議の国の数学者』@シネマート新宿 スクリーン1

『不思議の国の数学者』よかったねえというのとあれでよかったのかなあというのとでしみじみほろ苦い〜。イチゴ牛乳飲みたい
あらゆる場面でキーとなり主人公と数学者の光と力になったあの子はどうなったのかしらとも思う
ミンシク先生まつげバサバサねと今更乍ら気付いた pic.twitter.com/fX8pDibOir— kai ☁️ (@flower_lens) May 1, 2023

原題『이상한 나라의 수학자(不思議の国の数学者)』、英題『In Our Prime』、2022年、パク・トンフン監督作品。学費支援を受け名門私立高校へ入学した学生。塾通いが当たり前の裕福なクラスメイトと馴染めず、数学の成績がみるみる落ちていく。普通校への転校を勧められるが、息子の未来のためと懸命に働く母にそのことをいいだせない。そんなある日、学校の警備員が数学の難問をいともたやすく解いているのを目にし……。

心あたたまる、しかし切なくもなる作品。受験戦争、格差社会の現実が描かれ、朝鮮半島の問題も絡んでくる。学生たちの間にあからさまないじめはないのだが、これがまたタチが悪い。内申を気にして沈黙する。沈黙によってクラスメイトを売る。警備員を「人民軍」と呼んでいたり。こういう蓄積、地味にクる。

学生たちから避けられているその警備員、実は天才数学者。そんな彼が落ちこぼれの高校生に数学を教えることになる。以下ネタバレあります。

高校生は亡くした父の面影を、数学者は高校生に息子のそれを見るように、徐々に打ち解けていく。問題に対する正解だけを求めていた高校生に、数学者は正解への過程こそが数学の美しさだと説く。その数学の美しさを表現するものとして、音楽が効果的に使われる。「πソング」とバッハ『無伴奏チェロ組曲』が流れるシーンには幸福な時間が流れている。

小道具の使い方が上手い。何故イチゴ牛乳なのか、何故カメをかわいがっているのか。その理由が明かされる瞬間、胸がキュッと締め付けられる。カメを放すシーンは「ちょ、それ外来種」と思うと同時に、安住の地がどこにもなかった数学者の心の痛みが伝わってくる。余談だけどこのカメすごく大きくなってて、だいじに育ててたんだなあと思ってまた切なかった。食事や睡眠のシーンも印象的。数学者がひとりで栄養補給のように詰め込むものから、自室に高校生を呼んで一緒に食べるチゲへ。ごはんがだんだんおいしそうに見えてくる。音楽を聴くことで、眠れるようになってくる。心身の健康はやはり大切なものだ。

南北朝鮮間の緊張と、北と南それぞれの問題、そして理想の国への憧れが背景にある。天才であればある程“利用”される。自由を求めてやってきた筈の南で学問を続けることが出来ない。最終的に数学者はドイツのオーべルヴォルファッハ数学研究所へと渡るのだが、これって「韓国では無理なので、よその国に行ってちょうだい」といわれたようなものでもある。そうはっきり、素直に描けるところに韓国映画界の強さがあるともいえる。ウチでは無理です、でもまだ無理なだけで、いつかはきっと。それは南北統一という遠い道のりへの願いにも感じる。

あと「自由」を求めて渡る国がアメリカではない(まーアメリカ行っても軍事に利用されそうだしなあ。ドイツと韓国には交流の歴史もあるし)というところも今が反映されているというか、自由といえば! な国はもはやアメリカではないのだという現実はちょっと切ない。これは世代によって印象が変わるかも。しかし差別もなく、格差もなく、学問と思想の自由が保障される……そんな国、あるのだろうか。と、考えてしまう。これも切ない。


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05月01日(月)
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