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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■TOKYO No.1 SOUL SET『ONE PLUS ONE vol.1』
TOKYO No.1 SOUL SET『ONE PLUS ONE vol.1』@CLUB Que
ライヴおさめ〜🔥🔥🔥 pic.twitter.com/SVue50ogRo— kai ☁️ (@flower_lens) December 23, 2022
いつにも増してトシミくんの様子が変だったからなんだか心配。元気でいて〜!
「みんな今年はたいへんだったねえ」。
いやさ…こんなに弱音を吐くトシミくん見るの久々だったので……なんなら初めてかも知れない、ここ迄のは。震災のときも、しっかりしていたのに。だってさ「ソウルセットを諦めようと思ったときもあったんだけど」なんていいだすし。声の出し方もなんだか強引で、いきなりBIKKEに唄えと振るし、体調面でも何かあったのかな。とハラハラしてしまった。長年ずーっと観ているとこういうこともあるわね。ヒロシくんの笑顔が多く、ときには自分から話を拡げたりもするもんだから、珍しい! と思いつつも、「え、ヒロシくんがそんなことする程トシミくん危ういの?」なんて思ってしまい、違う意味で緊張感があった。
でも、ここ数年の活動を見ていて意外ではあったのです。バンドらしさとは程遠いと思われていた彼らが、個々の活動は進めつつも、ソウルセットを維持しようと積極的に自分たちで動いている。SNSやラジオを駆使し、展示会やライヴを企画し地方に持っていく。ここら辺はヒロシくんがDJとして各地のハコと築いた信頼関係があると思う。ライヴ会場を見ても、新しいリスナーが増えている実感はあります。
あと変な話だけど、当サイト(日記)のアクセス解析。ここ1〜2年でソウルセットのことを書いているページへのアクセスがすごく増えてるんですよね。地方での活動がきっかけで、最近ソウルセットを知ったひとも多いようです。
ライヴを観乍らそんなことを考えつつ、トシミくんの「ROCK IN JAPANに出たとき、俺たちここにいていいのかななんて思ってて」という発言に遠い目になったりもしたのでした。いきなり思い出話をしますけど、1995年に平間至の『MOTOR DRIVE』展がパルコギャラリーで開催された際、当時Rockin' on JAPANのADを務めていた中島英樹とJAPAN編集長だった山崎洋一郎のトークイヴェントがあったんです。そのとき「デビュー前のソウルセットの記事を載せたらすごい反響だった」という山崎氏の発言があった。これはハッキリ憶えてる。
小山田圭吾の一件や、小沢健二が発言していない言葉をあたかも自分が喋ったかのように表紙に使われたのもこの時代だけど、ソウルセットについて誇張はなかったのだろうと思う。山崎氏によるヒロシくんのインタヴュー記事は、今でも掲載号を捨てられない程いい記事だった。もうこんなインタヴューはとれないだろう。山崎氏はもうこんな記事は書けないだろうし、ヒロシくんも喋らないだろう。
時代は変わり、ロッキング・オンはフェス事業を始め、その出演者や誌面に登場するアーティストも変化していった。ソウルセットとも離れていった。今年中島さんが亡くなったとき、RO社はお悔やみのコメントすら出さなかった。晩年の中島さんは問題を抱えていたけど、それにしたって共に一時代を築いたともいえるディレクターに一言もないとは。ひとは変わるし組織も変わる。あの雑誌を手にとることもなくなってもう随分経つが、私も変わったのだろう。
そんな時代の騒々しさを横目に、友人をだいじにし、地道に、そして確実に活動を続けているソウルセットのことはこれからもずっと観ていきたいなあとしみじみ思ったのでした。ライヴの内容殆ど書いてないけど、まあそんなときもある。メモとしては、三人セットでゲストなし、タイトでパワフルなLOW IQ 01&THE RHYTHM MAKERSのあとだったので、音響が落ち着かない感じがしました。でもそれはこちらの耳がやられていたのかもしれない。内容はいつも最高。
それにしてもBIKKEが“唄った”ときのどよめきよ…てかあれはどよめくわね……。そういう意味では盛り上がったし、BIKKEの「こういうときは、誰かが(トシミくんに)強くいってやらないとね!」ってフォローにはなんだかジーンときてしまった。
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12月23日(金)
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