ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『ビビを見た!』
『ビビを見た!』@KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ
『ビビを見た!』を観た! 怖いし悲しい。なんで児童書でこんな辛いもん書いたんだろと思うけど世界はこういうもんですよってことなのかしら……意外にも(?)松井周の台本/演出はひとの優しさや温かさを感じるものになってた。主人公の一人称で書かれている原作との違いかな。いやー…よかった…… pic.twitter.com/g8U2olt98l― kai (@flower_lens) 2019年7月6日
一人称だと他者の言動が当人の解釈を通して語られるので、それに寄り添うことが出来る。モノローグのない舞台だとそうはいかない。あの警官の、署長の真意がどこにあるのか、自分で考えるしかない。ネクタイの男の子が叫ぶ「何もしらないくせに!」という言葉に胸を衝かれる。
1974年発刊の、大海赫による児童文学を舞台化。上演台本・演出は松井周。小学生の頃、図書室にあったものを読んだ。絵のタッチが『モチモチの木』の滝平二郎に似てる〜と思って手にとったんだけど実際に読んだらそうでもなく(切り絵や版画という手法をこどもなりに「似ている」と思ったんだな)、話もえらい怖くてなんだこれ……と思った憶えがある。
「七じかんだけ(略)おまえにおもしろいものをみせてやろう」という声とともに光を知るホタル。同時に光を失う街のひと(とどうぶつ)たち、追い打ちをかけるように告げられる「敵」の襲来。ホタルが7時間で目にしたものは、露になる人間の暴力性と、それでも近しいひとを気遣い守ろうとするひとたち。そして「ビビ」。
45年前に書かれたものとは思えない。わからないものへの恐怖からデマが飛び交い、ひとびとが攻撃的になる経緯は、今観ると現実のものとして身にしみる。「ワカオ」は自然災害の象徴とも思われるが、児童虐待者としても解釈出来、天変地異とはまた違った「見えない」恐怖をあらわしているように感じる。家の中で何が起こっているか、隣人たちは知らない。それでもこどもは各々の家に帰って行く。前述のネクタイの男の子とその母親のエピソードは上演台本のオリジナルで、他者には介入出来ない親とこどもの関係性が掘り下げられている。原作と違う描写でもうひとつショックだったのは、逃げてしまった飼いねこを置いていくしかなかったところ。ここ数年の災害で、家族であるどうぶつたちを失ったひとたちの話をよく目にするようになった。
冒頭の「見えないこと」についてのレクチャーと、観客を暗闇へと招待する導入は『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』。主人公の憧憬がミュージカルとして具現化するシーンは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。トランポリンや平均台、バランスボール等、演者の動きが不安定になる運動器具を効果的に美術に組み込み、「見えないひと」は実際に目かくしをした状態で舞台に立つ。ホタル役・岡山天音とビビ役・石橋静河以外の出演者の顔を見るのが難しくもある。ファンの方はもどかしい思いをするかもしれないが、この演出はよかったなあ。親しみやすいモチーフで、解釈が難しい物語の間口を拡げる効果があった。「ニジノ・タワーぐらい」大きなワカオを、声と身体を分離し浄瑠璃のように表現する手法も楽しく観た。
岡山さんと石橋さんのピュアな佇まいが美しい。岡山さんの演じるホタルの達観、石橋さんの無防備さと懸命さに胸を打たれる。姿は勿論は大人なのだが、ふたりはこどもに見えた。こどもだからこその諦め、こどもだからこその無知。岡山さんの声にはおちつきが、石橋さんの声には芯がある。ビビは希望も絶望も持ってる。ホタルはビビと遭うことで、生きていくうえで大切なものを手に入れる。ふたりとも優しく、そして強い。しかし現実世界は、その強さをもって生きるにはあまりにも厳しい。終盤はふたりを観てるだけでせつなくなった。彼の名前のように、舞台のふたりは暗闇のなかで発光しているように見えた。
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07月06日(土)
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