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by kai
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■『タクシー運転手 約束は海を越えて』
『タクシー運転手 約束は海を越えて』@シネマート新宿 スクリーン1
原題は『택시운전사(タクシー運転手)』、英題は『A Taxi Driver』。2017年、チャン・フン監督作品。
1980年5月、軍事政権下の韓国で起こった光州事件。報道はうっすら憶えている。全斗煥を「ぜんとかん」、金大中を「きんだいちゅう」と発音していた時代で、事件の重大性は解らずとも、全斗煥の名前は「怖い」という感情とともに記憶された。当時本国では言論統制が敷かれており、未だ解明されていないことも多い。国を守る筈の軍隊が市民に銃を向けたという痛ましさ故に沈黙している当事者も少なくない。韓国現代史最大の悲劇ともいわれているこの出来事は映画のモチーフにとりあげられることも多く、観たなかでは『星から来た男』が印象深い。
今作は、その光州事件を取材するために韓国入りしたドイツ人ジャーナリストと、彼をソウルから光州迄送迎したタクシー運転手、そして彼らに協力した現地のひとびとを描く。滞納している家賃を払える大金につられたというだけのタクシー運転手は、自国で市街戦が起こっているという事実を目にして衝撃を受ける。報道規制が敷かれていることを知った彼は、現地の同業者や学生とともに、この事実を世界に知らせてほしいとジャーナリストの取材を援護する。私服軍人の追跡や検問を突破し、彼らは取材映像を国外に持ち出すことが出来るか?
重いテーマ乍ら終盤のエンタメっぷりがすごい。しかし後述の記事にあるように、いくつかの印象深いエピソードは実際に起こったことだったという。「こうだったらいいのに、こんなことがあればよかったのに」という願いを形にする、それが史実と繋がる。映画の美点でもある。そういう意味では『アルゴ』みもあった(ちなみに『アルゴ』は1979〜1980年の話)。映画の最後には、ドイツ人ジャーナリスト=ユルゲン・ヒンツペーター氏の実際の映像が流れる。あのタクシー運転手に会いたい、彼の運転するタクシーで現在の韓国を案内してもらいたい。願いは叶うことなく、ヒンツペーター氏は映画公開前の2016年に亡くなっている。そして映画の公開後、タクシー運転手の行方が明らかになるが、彼も既に鬼籍に入っていた。間に合わなかった、あともう少し時間があればと思いつつも、映画=エンタテイメントの力というものに胸を衝かれる。
タクシー運転手を演じたのはソン・ガンホ。平凡な一市民が歴史的な事件に直面したとき、どんな感情がわきあがるか、どういった行動をとるか。車内でのひとり芝居になるシーンも多く、繊細な演技で観る側を圧倒する。その説得力! 光州の同業者にユ・ヘジン。地方人の情の厚さ、ユーモア。どれをとっても愛情深い。観客の誰もが、主人公であるタクシー運転手と同じくらい彼のその後を案じたに違いない。大学生役のリュ・ジョンヨルは屈託のない笑顔が幼く、現実の不条理をより浮き彫りにする好演技。
そしてドイツ人ジャーナリスト役、トーマス・クレッチマン。『戦場のピアニスト』で、主人公であるユダヤ人ピアニストを見逃してくれるドイツ人将校を演じた人物であり、自身は足の指を失い乍ら東ドイツから西ドイツへ亡命したという凄絶な過去を持つ人物でもある。演技の確かさと、演者自身が持つ歴史がレイヤーになる。それを知ることもエンタメの力だ。
ジャーナリストと運転手を見逃してくれた兵士がいたように、ユダヤ人を見逃したドイツ人がいたように、命令に従い乍らも、その任務に疑問を持っていた者は確かにいた。制圧側の人間全てが、躊躇なく自国の市民に銃を向けた? そうとは到底思えない。あのときの彼らの心境が知りたい。しかし、それが明らかになることはあと数十年ないだろう。口を開かぬまま死んでいくひとも多いだろう。娘の髪を飾るように、リボンを綺麗に結べるタクシー運転手。彼が空港でちいさく手を振る姿は、ジャーナリストだけが見ていた筈の光景だ。映画を通して観客はそれを共有することが出来る。取り残されたこどものようなあの姿が、目に焼き付いている。忘れられない、忘れられない。
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・タクシー運転手 約束は海を越えて│輝国山人の韓国映画
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04月25日(水)
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