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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『ローガン・ラッキー』
『ローガン・ラッキー』@新宿ピカデリー スクリーン8

テレビへと活動の場を移していたスティーヴン・ソダーバーグ、映画復帰作。友人であるレベッカ・ブラントから持ち込まれた脚本を読んだソダーバーグが「これは自分で監督したい!」と復帰を決意したとのこと。めでたい+うれしいことです。

・ソダーバーグ監督作『ローガン・ラッキー』謎の脚本家が話題に - シネマトゥデイ

ちなみにこの記事にもあるように、脚本家ブラントは謎の存在。ソダーバーグは撮影監督用に別名義をもっていたりもするし、いろいろと憶測がとびかっていたようですが……。こういうエピソードもらしくて楽しいなあ。

そう、とにかくホンが面白い。強盗計画の緻密さ、伏線回収の鮮やかさ。その構成のスマートなこと。登場人物各々の背景、関係を示す台詞の配置とタイミング。全方位に目配りがきいている。そしてコメディの皮を剥ぐと現れるアメリカの闇。闇があるから光も輝く。後味はいいし、爽快感もある。だけど哀愁がつきまとう。この国には問題が山積み、だけど嫌いになれない。そして、それを象徴するあの歌! 計画は成功するのか? というハラハララインと、それはまあどっちでもいいや、こいつらがハッピーになってくれれば。という見守りライン。頻発するトラブルにツッコミつつ、種明かしにええっとなりつつ、最後の最後迄滑らか、鮮やかに進む。無駄が一切ないとすら思わせられる気持ちよさ。そんなホンを無駄なく進行させ、無駄なく着地させる演出も隙がない。せつなさのさじ加減も絶妙。地名や場所を示すタイトルカットやシンプルにまとめられたエンドロールのテンポ、そして最後の最後に出るひとこと。見事、見事としかいいようがない。

現金強奪チームの面々はことごとく冴えないアメリカ人。犯行に使われるのは性能抜群のアメ車。スマホ、保険、日焼けスプレー。実行日がはやまったためにターゲットとなったのは、メモリアルデー(戦没者追悼記念日)につらなるレース。ローガン弟は傷痍軍人、ローガン兄は娘とはなればなれ、娘の新しい家族はうまくやっているようで不穏な空気をまとってる。娘はジョンベネちゃんのようなメイクと衣装で発表会に出る。ジョンベネちゃん事件を知らないひとも増えただろうか。こういったアメリカの影カタログのような要素だけをとりだすと暗澹たる気分になる。

しかし、だ。ローガン家の呪いはラッキーのあとにやってくる。つまり、ラッキーはアンラッキーと離れられない。それを繰り返すのが人生、それを生きぬくのがアメリカ人。現代社会に、現代アメリカに対する皮肉と自負が見え隠れ。冴えないやつらはそれぞれ得意分野を持っている。自分の持ちうる能力を、最高のタイミングでフルに発揮する。そしてミスやアクシデントを最高のタイミングで逃れる。ローガン兄は緻密にたてた計画を丁寧に遂行し、バングのアホきわまりない弟たちも持ち分をきっちりこなす。

そしてローガン兄の娘が発表会で唄ったのは、予定していたRihannaの「Umbrella」ではなく……ウェスト・ヴァージニア賛歌ともいえるあの歌だ。観覧していた父兄たちの表情、彼女を守るようにひろがる合唱。アメリカを嫌いになれない。アメリカで生きていくからには、「諦めず、最後までこの国を見捨てずにやろう」。思わず『シン・ゴジラ』のセリフを思い出してしまった……のは自分が日本を憂い乍らも日本を嫌いになれない日本に属する人間だからだろうか。

ちなみにこのシーン、『リトル・ミス・サンシャイン』(1、2)も思い出したなあ。やっぱりアメリカ……と思っていたら、なんと「Umbrella」の歌詞には“little Ms. Sunshine”というラインがあったのだった。なんというかもう……「Umbrella」は唄われなかった、ジョンベネちゃんの悲劇はくりかえされない、というおまじないのようにも感じて今ジワジワきてる。まあ実際のところ、「Umbrella」と『リトル・ミス・サンシャイン』、そしてジョンベネちゃんに直接の繋がりはない。それでもモチーフとして…と考えると……うーん、尾をひく。


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11月22日(水)
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