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by kai
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■『バグダッド動物園のベンガルタイガー』
『バグダッド動物園のベンガルタイガー』@新国立劇場 小劇場

ロビーに掲示されていた訳者の方の解説によると「『パプアニューギニア動物園のニホンザル』と置き換えるとこのタイトルの奇妙さが伝わるでしょうか」とのこと。イラクの首都であるバグダットと、ベンガルタイガーが生息する地域であるネパールやインドは、そのくらい離れた場所だということです。捕らえられ連れてこられ、やがて幽霊となり生物の本能そのものが罪だと思索する。哲学的なとらを杉本哲太さんが演じます。かなり滅入る内容だが観て良かった。

アメリカでの初演は2009年。バクダッド動物園で酔った米兵がとらを射殺―2003年、実際に起きた事件がモデル。脚本はラジヴ・ジョセフ、演出は中津留章仁。登場人物は動物園を警備する米兵ふたり組、その通訳、現地に暮らすひとびと、サダム・フセインの息子。2003年と言えば、イラク戦争開戦の年。米兵は動物園から猛獣が逃げ出したときパニックにならないように「警備してやってる」と言う。イラクを守ってやっている、米兵たちにはそんな意識がある。しかし動物園を空爆するのもその米軍だ。とらを射殺したことで、ふたりの米兵、通訳に変化が起きる。フセインの息子のスタンスは全く変わることがない。それが死後であっても。

笑いを誘う言葉のやりとり、その後味の悪いこと。それに気付かせようとする抑えた演出だったと思うが、それでも笑い続けているひとたちが結構いたことにまた滅入る。twitterでは端的に書いてしまったが(こういうとこ、短文投稿は難しいな)ここらへんをもう少し考える。

笑っちゃいけない訳ではない、笑えるシーンは確かにある。でもやがてそれが「笑いごとじゃない」空気に移行していくのをどこで察知するか。具体的に言えば、二幕の米兵、少女、通訳のシーン。年配の男性や、開演前まだちいさい自分の娘の話をしていた女性がいつ迄も笑い続けていたことに、自分はとても恐怖を感じた。通訳は「彼女は幼すぎる」と言う。伝えたいことが沢山あるのに、通訳の仕事を始めてそんなに経っていない彼は、それ以上の語彙を持ち合わせていない。少女は自分がどんな役目を与えられているか、理解する環境を与えられていない。フセインの息子が通訳の妹をどんな目に合わせたか。それが語られる場面で流石に笑うひとがいなかった。さっき笑ったひとに罪悪感を抱かせるような台本だな、いじわるだな、と思ったのも事実。

序盤、通訳がスラングの意味や使い方が解らず、辞書をひいたり米兵に訊ねたりする場面がある。その後通訳が今の仕事をしているのは本意ではなく、もともとはフセイン家の庭園に仕えるトピアリーアーティストだったことが判る。通訳は、言葉での表現を必要としない人物だったのだ。この辺りの構成も緻密。通訳を演じる安井順平さん、すごくよかった。落ち着いた声で発音も流麗、立て板に水な台詞まわしと絶妙な間合いに定評のある方だが、それが整った言葉を話す通訳と言う役柄にぴったり。綺麗であればある程、その言葉で語られることの残酷さと心情との乖離が際立つ。砂漠で自分の作品制作を進めるためには富豪の庭園に仕えるしかないというジレンマ、庭園に行きたいという妹を制止出来なかった後悔。終演後も心に棲みつく人物を、安井さんで観られてよかったと思う。

米兵を演じる風間俊介さんと谷田歩さんは、序盤はアメリカという国の横暴さを表現し、徐々に個人の苦悩を見せていく難しい役どころ。勝者たるものといった傲慢さがあり、自分に攻撃が向くことを予想してもいない。いざ反撃されるとすっかり平静を失ってあたりちらす。しかしそれらは死への恐怖からくる虚勢でもあり、そうしないとこの場所では正気を保っていられないからだということが判ってくる。退役後の人生にも不安を感じているため、形になる保証がほしいと思っている。時間の経過も感じさせる、細やかな表現。風間さん演じるケヴは死後穏やかになった。では谷田さん演じるトムは? その先を知りたくなるふたり。


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12月23日(水)
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