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by kai
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■『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』@世田谷パブリックシアター

いやーよかった。主人公が書いた物語を芝居にすると言う入れ子方式で、彼が自分の心理を自ら語っていく「説明」部分が多いにも関わらず、その語り口が「説明」に聴こえない。これは役者の力がデカい。主人公を演じた森田さんに感服。張らずとも通る声の持ち主ですよね。静かに淡々と語る。自然と彼の言葉に耳を傾ける。そのうえあのリズム感と身の軽さ。システマティックであり、言葉のリフレインと身体の躍動で舞台上のリズムを組み立てていく演出は視覚的にも聴覚的にも楽しめるものになっていますが、それらがストーリーから逸脱せず、シーンに寄り添って映るのは演者の力によるところが大きいと思います。

以下ネタバレあります。

アスペルガー症候群(と言っても、本編にこの単語は出てこない。彼がそうだと言う台詞はない)の主人公。「決して嘘はつかない、つけない」彼のまっすぐな言葉は周囲のひとびとを翻弄し、ときには傷付ける。しかし主人公本人も傷付いている。家族はそれぞれ違う人間だ。心優しきご近所さんも、状況によって表情を変える。メタファーが判らない、「メタファー」と言う言葉もメタファーだ。何故「嘘」と言わないんだろう、メタファーは嘘なのに。と言う主人公の言葉にはっとさせられる。

おかあさんが死んで、おとうさんとふたりぐらし。よくしてくれた近所のおばさんの飼いいぬが殺された。主人公は自分にも他人にも嘘をつかない。彼はいぬ殺しの犯人を捜す。一幕終盤、はやくもいぬ殺しの犯人は明らかになる。物語がギアチェンジする。

実はおかあさんは生きていて、近所のおばさんの夫とセックスしていた。ふたりは街を出て行った。おとうさんはおかあさんを死んだことにした。近所のおばさんとおとうさんは諍いを起こし、腹いせにおとうさんは彼女のいぬを殺した。主人公が理解するのはこれら具体的な事実。おかあさんは主人公と向き合うことに疲れ果てていた、近所のおばさんとおとうさんには情が通っていた、そしておとうさんもストレスを溜め込んでいた。これらのレイヤーを彼は織り込まない。

両親はさまざまな側面を見せる。こどものことは愛している。才能あるこどもの未来を開いてあげたいと思っている。しかし彼とどう接していけばいいのか、大人になっていく彼をどう扱えばいいのか判らない。社会、経済状態の格差と言う現実も厳しい。特別なこどもの親は完全無欠でならなければならない?皆が皆そう出来る訳ではない。でも家族からは逃れられない。理解ある教師とは他人なので、一緒に暮らすことは出来ない。

ラストシーンが重く残る。自分の才能を信じている。その才能は本物だ。試験にも合格。主人公には明るい未来しか見えていない。才能がある人間はその才能を活かし、好きな仕事につける。夢は叶う、なんでも出来る。彼はその気持ちをまっすぐ教師に伝える。教師はそうだ、そのとおりだと応えられない。黙っている。教師がそのときどんな表情をしていたか、自分のいた席からは見えなかった。いろんな受け取り方が出来る。微笑んでいれば肯定?悲しそうな表情なら否定?幕が降り、楽しいカーテンコール(これ見ものですよ!)が終わる。帰路、ずっと教師の表情を想像する。そのとおりだ、と応えられなかった教師のことを思う。主人公の未来を思う。


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04月08日(火)
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