ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
[648532hit]

■『ゼロ・アワー ―東京ローズ最後のテープ―』
『ゼロ・アワー ―東京ローズ最後のテープ―』@KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ

「ハロー、太平洋上のみなし子ちゃんたち。こちらはあなたの敵よ…。」

太平洋戦争中、日本政府が連合国軍向けに放送していたラジオ番組『ゼロ・アワー』。郷愁を誘う音楽と英語を話す女性DJたちの声は、任務へと向かう船中で放送を聴く米兵たちに愛された。そのなかでも特に魅惑的な声を持つ、東京ローズと呼ばれたひとりの女性DJがいた。彼女にひと目会おうと、終戦を迎えた日本に米兵、米国人記者たちが殺到する。

史実とフィクションを絡ませ、歴史の謎を追うミステリとしても歴史を振り返る物語としても、そして演出によってテキストを多面的に観る演劇そのものとしても、非常に魅力的な舞台でした。いやーよかった…余韻が残る。

東京ローズ裁判を軸に、ドイツが開発していた歴史上最初の実用テープレコーダー、マグネットフォンを同盟国である日本が入手していたら?と言う大胆な仮説が展開されます。『ゼロ・アワー』にはひとりだけ正体の判らないDJがいる。なんとも形容しがたい、魅惑的な声を持つ女性。自分が東京ローズだと名乗り出たアニー・小栗・宥久子・モレノ(孤児のアン)は国家反逆罪に問われ、米国籍、市民権を剥奪されます。裁判の争点となった、兵士たちの戦意をくじく内容のプログラムを彼女は担当していない。しかしそれを示す決定的な証拠はない、ダニエル・山田の耳以外。

入場時、やなぎみわ作品と言えばの案内嬢(今回も素敵な制服)からイアフォン付携帯ラジオを手渡されます。操作テストも兼ねて、イアフォンから聴こえてくる音楽に耳を傾ける。やがて開演、シーンによってラジオからさまざまな音が聴こえてくる。実際の音声が使われるパート、舞台上で演者たちが当時の(ものと設定される)テキストを読み再現するパート、フォルマント兄弟(三輪眞弘+佐近田展康)がデザインした加工音声が使われるパートがあり、ラジオ番組や、裁判で音声を聴くシーンになると、イヤフォンからその音が同時に流れてきます。番組で流れたであろうジャズや、玉音放送は実際(当時)のもの。海上の船で、裁判所の陪審員席で聴こえていたのであろうその音を観客は追体験します。トラフ建築設計事務所による、ミニマムな形状でマキシマムな役割を果たす筺体デザインも美しい。

ラジオ局の録音技師と、耳のすごくよい通信兵の物語でもあります。ラジオからの声を一度聴いただけで判別し、忘れることがない能力を持つ日系二世のダニエル・山田。ラジオ・トウキョウに勤め、東京ローズの正体を知る潮見俊哉。ふたりはチェスを通し、戦後60余年に渡り交流を持つ。山田がアメリカに帰国し、潮見が東京ローズ裁判のため一時渡米する。お互いのパートナーを失う。山田は光も失うが、彼の聴覚はますます鋭い。直接向き合っていた対局は、通信(郵便)チェスで続いている。山田の99戦99敗。そして100戦目、潮見が山田の家にやってくる。

再会を喜び乍らも緊張感に溢れる言葉のやりとり、そして進むチェスの駒。やがてふたりの手は盤上を離れ、言葉のみの対局へ移行する。東京ローズの声も、チェスのスコアもふたりは脳内で共有している。このシーンにはシビれた!サングラスをかけ、杖をついて歩く山田とは裏腹に潮見は終戦当時のままの姿です。想像を巡らせる。潮見は果たして山田の家にやってきたのだろうか?彼が知る東京ローズの正体は、潮見の口から実際に語られたのだろうか?

作品のなかに生きる登場人物たちへ思いを馳せる。実在しないひとたちなのに。彼らは、彼女たちはどうなったのだろう、今頃どうしているだろう。次第に暗闇に包まれる部屋に響く「チェックメイト」の声を、山田はどんな思いで聴いたのだろう。


[5]続きを読む

07月14日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る