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by kai
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■『はぐれさらばが“じゃあね”といった 〜老ハイデルベルヒと7つの太宰作品〜』
福原充則(ピチチ5)+三鷹市芸術文化センターPresents『はぐれさらばが“じゃあね”といった 〜老ハイデルベルヒと7つの太宰作品〜』@三鷹市芸術文化センター 星のホール

作家前夜に短期間滞在した三島を、太宰治として成功した津島修治が再び訪れる。彼は記憶の風景を、当時一緒にいた友人たちの思い出とともに探して歩く。いや、彼らは友人と言う言葉を使わなかった。照れくさくてそんなふうには呼べやしない。作家になる、作家として生きる、その夢へと走るライバルでもあり、同胞でもあった。文学をいちばん愛しているのは俺だ、文学にいちばん愛されているのは俺だ。人間ではなく作家という生きものとして本音を、虚勢をぶつけあった、彼らの出会いの挨拶は「はじめまして」ではなかった。以下ネタバレあります。

その友人たちは「宮さん」「薬屋」「ネズミ」と呼ばれる。物語が進むにつれ、宮さんは宮沢賢治、ネズミは中原中也だと言うのが判る。史実のなかに虚構を組み込ませる構成が絶妙で、彼らが文学論を戦わせている風景なんて夢のよう。そう、夢のようで、実際夢なのだ。未来を知らない若者たちが理想を語り、夢を語る。宮さんとネズミが生前評価されなかったことを知っている現代の観客は、彼らが語るその夢をせつない気持ちで眺めることになる。この眺めは、三島を再訪した修治のそれと重なる。岩手で農業に勤しみ、教師として地域に馴染んでいった宮さん。太宰に「悔しい程売れると思っていた」と言わしめた第一詩集が世間から無視されたネズミ。彼らは修治が見る眺めのなかで、「出版してくれよ、出版してくれよ……」と遺品整理に来て原稿を発見したかつての教え子についてまわり、衰弱した姿で病院の面会室にいる。彼らは修治に「はじめまして」と言って去って行く。

登場する作家のなかでいちばん熱心に読んでいるのが中原だったので、ネズミの辿る道を追うのはむちゃせつなかった。演じる三土さんがまたよくてねー。生意気で癇に障る物言い、そりゃ周囲から敬遠されるよね。でも自分の才能と作品を一点の曇りもなく信じている素直さが眩しい。宮ちゃんを演じた今野さんもよかった、教え子から慕われると同時になめられてる感じ(笑)。自分の作品を世に出すことに意欲的ではあるが、どうにも世渡りが上手くない。そしてこの教え子三人、藤子不二雄と(どう見ても)ジャイ子なのです。

そして三島の造り酒屋、貫兄さん。『老ハイデルベルヒ』(青空文庫)に「佐吉さんの兄さん」で「沼津で大きい造酒屋を営み」「なかなか太っ腹の佳い方」とだけ書かれている人物が、久ヶ沢さんと言う役者を得て大きな魅力を持ちました。いやもうさ、久ヶ沢さんは妖精枠だよね…ずるい!ずるいわ!あんなに奇妙であんなに素敵であんなに格好よくてあんなに変人!最高ですよ。ふんどし祭(正式名称あったかも知れんが忘れた、何を祀るんだったかも忘れた。ふんどししか頭に残ってない)の発案者にしてまずい酒を造り、修治に雄っぱいを揉まれ、雄っぱいに顔を埋められる。なんだこのサービス……。美しい裸体(いやふんどしは身につけてます)を衆目に晒してくれたので遠慮なくガン見ですよ。齢五十にしてピチピチの身体!さらさらヘアー(下のではなく)!ガラス玉のような黒目!Half Century Boyと名乗るだけはあるぜ。あとこれもはや萌えですが、久ヶ沢さんて左肩に大きな傷跡ありますよね。これがまた謎めいた男っぷりに拍車をかける!素敵!いやしかし実際のとこあれはどうしたの…スポーツ肩かな。あーもー素敵ー!

そして、修治に物語を信じるひとことを授けるのも彼なのです。このひとことで、修治は太宰治と言う作家を自分のなかに収めることが出来たのではないだろうか。格好いいにも程がある……。


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06月29日(土)
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