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by kai
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■『欲望という名の電車』
『欲望という名の電車』@PARCO劇場

こわれゆく女を描かせればピカイチの松尾スズキさんが満を持して、と言った感のある『欲望という名の電車』初演出。これまで何度も、いろんな解釈のこの作品を観てきたひとに是非観てほしいし、これが作品初見のひとは是非他の演出版も観てほしいものに仕上がっています。

松尾さんは今回翻案、潤色といったことはやっておらず、つまり書くことは翻訳者にまかせ(今回の訳は小田島恒志さん。2002年蜷川幸雄演出版から改訂したものだそうです)演出に専念。真っ向からこの戯曲に挑んでいます。しかし松尾さんならではのノイズは各所に仕込まれており、その描写が興味深いものになっています。

戯曲自体はちょこちょこカットされている部分もありましたね。オウムの話が途中迄、とか。

いちばん驚いたのは、これ迄戯曲のト書きで読んで頭に入れておき乍ら、実際に舞台で観るとパチっとはまらなかった部分が違和感なく感じられたこと、登場人物たちの言動への理解が多く感じられたこと。猫背さん演じるユーニスに顕著でしたが、例えばブランチを精神病院にぶち込むときが来たとき、「やれやれ、やっと厄介払いが出来る」と言った態度が前面に出ているのです。そしてこれに妙に納得させられてしまう。他にもブランチのことを「うわー面倒な女が来たぞ」と言う感じで扱う空気が濃厚。これはこの街の空気を如実に表しているようにも思えました。貧困、暴力がごくごく普通。酒とギャンブルが娯楽。男は横暴で女はそれを受け流す。殴って暴れて後片付けして仲直りする。ここは“そういう”街なのだ。土地に根ざしたそれは変わることなく自然にそこにあり、外からやってきた者には厳しい顔を見せる。それが残酷な滑稽さとして描写される。

実際、ブランチと天国=エリージャン・フィールドの者たちとのズレた会話には笑えるところが多い。これは他の演出でも自然に表れているものでしたが、その笑いの底に流れる残酷さの根拠が松尾演出ではしっかりと像を結んでいる。これは無理だ、この土地でブランチは生きていける訳がない。そう自然に思わされる。松尾さんだからこそ、松尾さんでなければなかなか出せるものではない演出だったと思います。これはすごい収穫。ブランチの心が崩壊していくさまを具体的に視覚化・聴覚化した場面も流石でした。かなり細かく仕込んでいますが、それが“画”として舞台にたちあがったさまはかなりすごかった。ああひとはこうやって狂っていくんだ、と思いつつ、それが妙にあたたかみを感じさせるもので、悲しく身震いがするものでした。ああなったら誰も助けてあげられない。

反面、どうしても入れずにはいられないのか(笑)戯曲に書かれていない部分での笑いの要素は、笑いつつも疑問が…いやそこも松尾さんだからこそでしたけどね。ミッチがブランチの顔に灯を当てて年齢を確かめるところとか、武闘派看護師とかはえーとそこ迄やるか?とは思いました…。そういえばミッチがつれてた鳩、顔田さんの手品用のものかしら。

秋山さんのブランチは期待通り。美しく哀れでかわいく妖艶で、おぞましいブランチ。ときどき少女のような表情を見せ、タマーリ売りをからかったりする。腺病質な感じと繊細さが紙一重のあやうさが見事でした。池内くんのスタンリーもよかった。粗暴だけどちいさなことに拘りを見せ、プライドが高いがかわいい一面もある。彼とブランチが衝突するのは避けられないと自然に思わせられる魅力溢れるスタンリーでした。てか過去自分が観たスタンリーで、屁をするスタンリーは初めて観た(笑)。しかしこれ真面目な話結構効果的でした。ひとまえで平気で屁をする男、ってそれでもう解るでしょ、いろいろと。この情報量はすごい(笑)。


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04月16日(土)
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