ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『能楽現在形 劇場版@世田谷』『ソコバケツノソコ』
SePTハシゴ。
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『能楽現在形 劇場版@世田谷「能は能か、演劇か」』@世田谷パブリックシアター
半能『高砂 八段之舞』 、能『邯鄲(かんたん)』。
『高砂 八段之舞』から。高砂と言えば結婚式等で謡われる「高砂や〜」が有名で、『高砂』も祝言の能と言われるもの。今回は半能と言うことで、本来の構成の後半のみ、“神舞”が中心となった「八段之舞」の部分。「高砂や〜」から連想されるゆったりとしたイメージとは随分違い、かなり激しい舞と地謡でした。住吉の松の神の化身が長寿と世界の平安を祈って舞うもので、新年と言う雰囲気もあり、シャキッとした気持ちになりました。いいもの観た。
『邯鄲』は、仕舞の方を昨年なかのZERO能で観たのですが、今回初めて能の構成で観ることが出来ました。今で言うニート?(笑)の若者がこれではいかんと旅に出て、途中の宿でそこのおかみさんがごはん作るから休んどきなさい、と枕を渡す。これが“邯鄲の枕”です。若者はその枕に頭を預けて眠ると、帝がやってきてあんたに今の地位を譲るよ、と言う。若者はあれやこれやの楽しいことを過ごし、五十年の月日が流れる。舞を踊って眠りにつくと、おかみが起こしに来る。「粟が炊けましたよ」。所謂胡蝶の夢です。能楽堂とは違う演出でやるのが『能楽現在形 劇場版@世田谷』、舞の台がせりになっていたり、照明も天井から吊るす等面白い趣向でした。三階席の上手側から観たのですが、両端に演奏者が分かれており、上手側に地謡、下手側に楽器だったので、演奏者をよく観ることが出来ました。鼓や太鼓の楽器陣は叩き乍ら合いの手を入れるので、そのタイミングも確認出来て面白かったです。
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SePT独舞 Vol.20 黒田育世×飴屋法水『ソコバケツノソコ』@シアタートラム
反復。反復。生きること。
チケット確認したら「全席自由(オールスタンディング)」と書いてあり、「トラムで?」「ダンス公演で?」といろいろな「?」を抱えつつ入場。トラムの座席をとっぱらいフリースペースにしていました。関係者用か後ろの数列のみ座席が残されており、そこと演技スペース以外であればフロア部分のどこから観てもいい。上演中に移動してもいい。実際には流石に動きづらく一箇所で観てしまったのですが、フロア全体を使う作品だったので死角もあり。つい普段のトラムで観る感覚で、普段ステージがある方向を前と設定し、そちらに向かい合う位置から観てしまった。演技スペースは流動するので、見えるところと見えないところがある。この「死角がある」限定観測は、逆から言えば、「自分だけしか目に出来なかった視界」でもある。聴きとれない言葉も沢山ある。「自分だけしか耳に出来なかった言葉」が拾われる。
普段ステージがある側の上手側に音響卓と飴屋さん。飴屋さんは自分で音響操作をするのだが、普段の劇場だと客席後方に卓があるので、どういうふうに音を入れているのかを見ることが出来ない。今回それを目に出来たのが楽しかった。下手側の壁面に、黒田さんの幼い頃のスナップ写真がスライドで映し出される。(自分の位置から)下手側手前に、黒田さんの衣裳と飲料水、その他小道具が運び込まれる。下手側後方からくまが登場する。上手側手前に会話をするスペースが出来上がる。下手壁面にはいつのまにか老女がおり、あるシークエンスで演技スペースに入って来る。黒田さんをじっと見詰める老女は、スタッフに促されて退場する。
その中で黒田さんは踊る。「踊ります」と言って踊る。跳ぶ、足首に鈴を付けて踏み鳴らす。フロアを噛むように踵を叩き付ける。まるで泣いているかのように(実際に泣いていたのだろうか)叫ぶ。「バケツの底で、あのひとに会いました」。他の出演者と関わり、世界と関わる。そこに身体は不可欠だが、魂のようなものの触れ合いも存在する。
『3人いる!』『4.48サイコシス』のメンバーも参加していた。立川さん、村田さん、クルクさん。くるみちゃんも。序盤流れるテキスト朗読の声を聴いて、あ、あのひとだ!と思う。出て来たひとを見て、あ、あのひとだ。あのひとだ。と思う。なんだか勝手になつかしさも感じてしまった。実際にはこちらが見ているだけで、話したことすらもないのに。
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01月16日(土)
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