ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■2023 小林建樹 ワンマンライブ “ふるえて眠れ”
そうそう、ギターパートで面白かったのは、かつて高円寺に住んでいたとき『中央線のプレスリー』って映画を構想していたという話。主演のミュージシャンにはオセロケッツの森山公一くん、その彼女には松崎ナオちゃんがいいなと思ってたそうです。デビュー出来たはいいが、自分がやりたいものとは違う曲が大ヒットしてしまった。葛藤のなか、影響力のある音楽番組に出演することになり、さて、主人公はそのヒット曲を演奏するのか、自分の本当にやりたい曲を演奏するのか……イントロの直前で映画は終わり、エンドロールが流れるんです。どちらを演奏したのかは、わからなくていいんです。だって。ここにもドキュメントとフィクションの間。
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ピアノに座り、マイクの位置を何度も調整する。真剣な表情に、これからの何かを予感する。数曲のあと、やはり坂本龍一さんのことを話し始めた。今回のライヴのチケットが発売されたあとに届いた訃報。これを受け、構成を変えたのだろうと思われる。「本当に大好きだったんです、どれだけ影響を受けたか」「交流もなく会ったこともない。縁もゆかりもないけれど」「あのね、全部弾けるんですよ(笑)」「追悼、なんておこがましいけれど」「これから演奏するのは『戦場のメリークリスマス』のサントラから“The Fight”という曲です。本当に衝撃を受けて、学校の教室で写譜してた。授業中に。友だちに気持ち悪いなっていわれながらも。なんだこの、楽譜はと。ガリガリ写譜して」。話しているうちに気持ちが昂ぶってきたのか、早口になりうわずった声になる。不思議なことに、そのうわずった声というのが高音ではなくドスの効いた低音になる。低いトーンで、教授の曲から受けた興奮を矢継ぎ早に話す。
「The Fight」を『Coda』(つまり本家)以外の演奏で聴くのは初めてだった。同じ左利きで、ピアノを弾く。よりによって、このアルバムから……。『Coda』は私が初めて買った、思い入れの深いアルバムなのだ。戦メリのOSTをピアノソロの演奏で聴きたくて、お小遣いとお年玉を貯めて。大好きな大好きなアルバム。ぽろっと涙が出て、自分でも驚いた。教授の訃報が届いた日以来、久しぶりに心が動いた感覚があった。
メンターを失った怒りも悲しみも戸惑いも、全部演奏に入っていた。「晩年は、音楽活動の他にも社会活動も結構されていて、ガンの闘病生活もあったんで大変だったと思うんですね。今はゆっくりと休んで頂きたいなと心から思っております」。素直に頷くことが出来た。
肉体的苦痛から解放される。死は祝福でもある。ふとニューオーリンズのジャズ葬が思い浮かんだ。ファーストラインとセカンドライン。小林さんの音楽には苦痛が、歓喜が、祝福がある。ひとりでブラスバンドを担うように、しめやかに、そして明るく死者を送り出す。ライヴの前日に読んだインタヴュー(エヴリシング・バット・ザ・ガール、24年ぶりのヴィヴィッドな新作┃TURN)の、印象的な言葉を思い出す。「僕たちの音楽にはメランコリーもあればユーフォリアもある」。
その前に話していた、無意識とトラウマの領域が脳にはなく、AIに移植出来ない(つまり脳を他所に再現したからといって、その人格を完全にはコピーしたことにはならない)という話題。教授も昔同じようなことを話していた。脳の全ての機能を他者にコピー(移植)出来たとして、それは自分といえるのか……。皆とか我々とか、簡単にまとめて括るのも括られるのも好きではない。何より教授そのひとが徹底した個人主義を貫いたひとだった。だが、今回ばかりはいわせてほしい。本当に私たちは、教授に多大な影響を受けていた。訃報が届いたあの日以降初めて、教授の音楽を分かち合う場を用意してくれたのが小林さんだったことに感謝している。
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04月22日(土)
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