ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『君の心にRUN-NEW! パール兄弟2024
衣裳が私服(?)だったことにもちょっと驚いた。これ迄はシャツだけでもお揃いとかにしてたよね? 普段着のようなフーディやシャツ+ジーンズで、彼らはステージに立っていた。皆さん自分に似合うものを知ってる感じでオシャレでしたね(窪田さん以外。いや、この方は独自の道を進んでいるので……)。松永さんの髪色は理想だなー。ロマンスグレー通り越してシルバーフォックスみたいな白髪。
(20241201追記)
なんと今回の衣装は オシャレ番長の松永俊弥セレクトだったとのこと。え、えーと窪田さんのも!?

広く見えていたステージの空間は、ゲストを迎えることで埋まっていった。鈴木さんと小田さんが登場すると、場が一気に華やかになる。高いトーンの、芯のある歌声。COSA NOSTRAが再始動、翌々日に自分たちのライヴがあるのに来てくれた。桜井鉄太郎繋がりでもあるが、ナイトクラビングでの交流は長い様子。こういう夜遊びの時間をともに過ごした友人がいるっての、いいよねえ。かつてパール兄弟には、ゆうことあけみというコーラスサポートがいて(彼女たちも夜遊びの流れでスカウトしたんじゃなかったっけか)、ライヴでは彼女たちの歌声がフィーチャーされた楽曲もあった。そのことを思い出した。「フラミンゴひとりぼっち」(レア!)ってこんなに女声が似合うのね! リリースされて36年(!)、ここでまた新しい発見があるとは! いやーいいもの聴いた。

そしていまみちともたか! ストラト! ホントずっとブレずに格好いいな! 窪田さんのアコースティックユニットshiroとの交流や、デビュー前バカボンと同じコンテストに出ていた! という秘話も披露され(「楽屋で『マンブル・マーフィーってバンドやってましたよね』って訊かれてビックリした!」そうです)、BARBEE BOYSのデビューが1984年でパールより早いという流れから、イマサを先輩と呼び終始敬語で話すサエキさんに「先輩先輩っていうけどそっちの方が歳上じゃない!」「恐縮してるんですよ!」とドギマギするイマサという貴重なものも見られた。「(別のバンドで)先にデビューしてるじゃない!」とツッコまれ、「ええ、ホントのデビューは1980年……」とモゴモゴ答えるサエキさんという図にもウケた。ハルメンズのことですね(笑)。

それにしても、同年代(てかふたり、同い歳なんですね)のギタリストとギラギラバチバチの窪田晴男は初めて見たかも。同年代のバンドは「(悔しくなるので)聴かない」というアティテュードだったそうで、「ライバルじゃなくて敵だよ敵!」なんて珍しく口調もぞんざい(笑)。イマサの「新宿 Feather Touch」を紹介するときも「ワタクシの師匠筋であるルー・リードの『ワイルドサイドを歩け』、ゲイは都会に来いよ! 自由があるぜ! という歌ですけども、これはそのゲイの親の視線から書いたものなんですよ(ここでフロアからどよめき)! カーッ、よく思いついたなと! 褒めたくないくらいいい歌なの!」と悔しがっていました。いやー珍しいよ、こんなにキーッてなってる窪田さん。

それに応えてイマサがいうには「僕も窪田くんもさ、東京出身でさ、でも新宿行くとさ、地方から出てきてイキってる子ばっかりでさ、でも話聞くとさ、実家から仕送りもらったりさ、米送ってもらったりしててさ、たまには帰省した方がいいかなあなんていってる訳」「男と女のことばっかり書いててもさ、何無理してんだっていわれる年齢だしさ」。語尾に「〜さ、」がつくのが都会の子って感じだわ…VIBRASTONEの「Hoo! Ei! Ho!」みたいだわ……などと思う。ちなみにこの「新宿 Feather Touch」、つくった当時やってたバンド、ヒトサライに持って行ったんだけどヴォーカルの椎名純平が唄いたがらなかったのでソロに入れた、とのこと。それを受けて窪田さん、「ああ〜あの子にはまだ早いんじゃないかな」だって(笑)。


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11月27日(水)
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