ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■さいたまゴールド・シアター『ワレワレのモロモロ ゴールド・シアター2018春』
家族(ペットも、だ)の死、友人の死。自身の死も身近になる。その孤独に他者の視線を注ぐ。視線は岩井さんのものでもあり、観客のものでもある。「悲惨な体験」の記憶はこうして拡散され、つらい思いをしまいこんでいた胸が少し軽くなる、かもしれない。
ハイバイドアはなかったけれど、巨大な額縁状の引き戸を模した装置(美術:山本貴愛)がいい仕事をしていた。額縁をスライドさせると、舞台はさいたまのアパートからパリのカフェ、真夏の広島へと変わる。1940年代から2010年代迄、時代の変化もシームレスに観ることが出来る。
一種イレギュラーでもあったこの日の公演で、興味深い出来事があった。冷蔵庫のエピソードの主人公は、前述の声が出なくなっている女性だった。彼の夫を演じる男性が積極的に彼女をサポートする。台詞を分担しようと提案したのも彼だった。夫としての台詞と、共演者としての言葉が入り混じり芝居は進む。カタログをいくつも読み、サイズや機能を検討しつくしたうえで店に出向いたのにまだ迷ってしまう妻に夫が軽口をきく。それを受け、女性が放った最後の台詞は、夫と妻の役柄だけではない意味を持ったように聞こえたのだ。ひとが長年続けていく生活というもの、他人とくらすということの途方のなさ。日々揺れる演劇、予測のつかない幕切れ。こんな舞台を見せてくれる集団、そうそうない。そしてこんな面白い集団がそれぞれ抱える個人史をこういう形で、新たな魅力を加えて見せてくれた岩井さんに感謝。
こうなると、シリーズ化してゴールドのメンバー全員のモロモロを観たくなる。観客は創作のたいへんさを知らないもんだから気軽にこんなこといっちゃうけど、現場はたまったもんじゃないだろうなあ。幕が開いても気が休まらないだろう。でも、次回を楽しみにしています。
それにしても『グッド・デス・バイブレーション考』の翌週これを観たのは刺激的だった。松井さん(サンプル)と岩井さん(ハイバイ)の作品を対で観るの楽しいな…すごいひいってなるけどな……。自分をつくった親というものがどちらもいなくなった今、いろいろ考えのリハビリをし乍ら観ているところもあるな。いいタイミングでした。
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たまたまだが蜷川さんの三回忌当日。アフタートークは故人を偲びつつ、笑いの絶えないものになりました。書けないことが多すぎるが印象に残ったことをちょっとだけおぼえがき。記憶で起こしているのでそのままではありません。前後していたものをまとめちゃったりもしています。出席者は岩井さんと、飛び入り参加の渡辺弘さん。さい芸の制作統括で、蜷川さんと二人三脚でゴールド、ネクストを育ててきた方です。進行は徳永京子さん。
・(劇団は成長していくものだが)ここは出来ないことも増えていくんですよね。その「事情」を了解したうえで、お客さんは観ていくことになる。その面白さ
・とはいってもやる方はたいへん(笑)。今回はまず、なんで台本書かなきゃいけないんだってところから。で、書いてきたら手書きで。あ、手書きなのね……と。そして達筆過ぎて読めない。演出助手が入力作業やってたんだけど「読めません」って
・結局書かないひともいたんだけど、他のひとの出来あがりをみたらやりたくなっちゃったみたいで「またやるよね、今度は書くから!」っていわれた
・(近年、ゴールドの公演はネクストシアターのメンバーが歩行補助やプロンプ等のヘルプで入るのが通例になっていたが)今回ヘルプはなしでやってみます、と始めたんですけど、途中からネクスト…きて……! と何度も思いました……
(当日パンフレットには演出助手に佐藤蛍さんの名前はありました)
・公演がない時期、頭や身体がなまらないようにと蜷川さんがその道のスペシャリストを講師として呼んできても「演じるために入団したのになんで座学がいるんだ」とか「ダンス練習恥ずかしい」とか。全部舞台に立つためのレッスンなんですけどねえ
・蜷川さんのところではまず作家読みというのがあるんですけど(劇作家本人が台本を一度通しで音読する)、終わったら「てにをはが違うんじゃないか」とか(笑)
・破格の集団ですよね
・蜷川さんはわかりにくい記憶をわかりやすく見せる天才だった
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05月12日(土)
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