ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『From the Sea』
さて、部屋を出ます。またゴーグルを閉じられて、手を繋いだり腕を組んだりして歩く。この辺りではもう「頼りにしまーす、宜しくお願いしまーす」って感じで、お散歩気分でした。同性だったってところもあるかなあ。twitterで検索した限り、パートナーが異性だったと言う方が殆どだったんだけど、何故私の場合同性だったのか気になる(笑)。しばらく歩いて今度は別のビルのなかへ。入る前にゴーグルを開けてもらうと、隣の呑み屋のおっちゃんたちが「また来た」と言うような顔をしてこちらを見ている。この辺り、開幕前にいろいろと説明等あったのだろうな。知らなかったらちょっと通報されちゃいそうな怪しさだもの(笑)。
このビルも二階にあがる。商店街のデッドスペースだ。そしてここから対話が始まる。私は失ったものを、ガラスと名付けることにしました。あなたにそういうものはありますか?
これはひとりごとなのか? 質問されているのか? …思わずパートナーの顔をガン見する。頷かれる。その後、間が空く毎にパートナーの顔を見ることにしました。状況によって頷いてくれたり放置されたりした(笑)。ただ、最初のこれで、この相手は対話する気があるなと判断されたように思います。
で、いろいろ話しました。内容は内緒だ! 瞬時に作り話が出来るひとはある意味すごい役者なんだろうな、私には無理だった。あとなんだろ、一期一会の状況、多分二度と会わない相手だからこそもう喋ってしまおう、と言う心境になった。とは言うものの、距離感をかなり計り乍ら、どこ迄話すかを選択していく。
聴かされた方はたまらんって告白をするひともいるだろうし、ひとことも喋らなかった方もいたそう。それを受け止める役者さんたちの思いはどんなものだろう。クレジットされていた出演者は19人。一日に何人の、こう言った話を聴くのだろう。
その後公園、川縁と、ぽつぽつ話をし乍ら歩く。忘れてしまいたいことはありますか? もう会えないひとに伝えられなかったことはありますか? 道中ゴーグルは開けられたり閉じられたり。過去のいろいろなことが思い出され、だんだんしょげてくる。思い出したくないこと迄思い出す。ひとって忘れることは出来ないんだなあ、記憶を取り出さないようにしているだけで、ちょっとしたきっかけであっと言うまにそのときのことが甦る。とぼとぼ歩いていると、パートナーが合羽のフードを被せてくれる。「ゴーグルくもってませんか?」と声を掛けてくれる。ねこがこちらを見ている。和む。なんとなく振り返ると、数十メートル離れてスタッフがついてきているのが見えて我に返る。
別れのあれやこれやを話しつつ、つれていかれたのは橋の上。ゴーグルを開けられると、目の前に橋の名前とその由来が書かれた看板。泪(涙)橋、現在の名称は浜川橋。鈴ヶ森刑場に向かう罪人と家族の別れの場。ようやく、何故この街が上演場所に選ばれたのかが見えて来た。ゴーグルが閉じられ、このツアーいちばん長い距離を歩く。触覚と嗅覚だけが素の状態なので、普段よりそのふたつが鋭敏になっている。パートナーと繋いでいる手、組んでいる腕の優しさ、確かさ。水の匂い、そしてなんだか…ど、どうぶつ? 草? なんか自然ぽいにおい……? ゴーグルが開けられるとそこは……競馬場だった。あーそうか、大井競馬場!!!
レースは開催されていなかったが、他の競馬場の中継映像がスクリーンに流れている。それを見詰めるお客さんたち。イヤホンから、ここは以前海だったと言う言葉。水の上に暮らす自分たちのことを思う。先月観た維新派『透視図』を思い出す。海の、川の、水の歴史とそのうえに暮らす自分たち。失われた光景、二度と見られない場所、二度と会えないひと。イヤホンからはパートナー以外の声も聴こえてくる。その場にない音も聴こえてくる。こどもの声、鳥や虫の声。四季にまつわる音。これも実際にはここにない音だ。しかし、冒頭のレコードプレイヤーのように、記憶と想像力でこの場に“在る”ものになる。
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11月06日(木)
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