ID:41506
江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
[18859777hit]
■私も英語ができなかった・・・
日本中に英語が苦手な受験生がたくさんいる。もちろんオレが教えてる生徒の中にもどうしても英語の成績が上がらないという者は多い。なぜ英語ができないのか。英語の成績が上がらないのか。彼らの多くは決定的な勘違いをしてることが多いのである。そして間違った勉強法に時間をかけていたり、そもそも苦手だからとほとんどしていなかったりなのである。オナニーのような英語学習を何百時間していたところで成績は上がらないし、前の授業で内職したり試験開始10分前の休み時間に必死で覚えて、試験が終わればすぐに忘れるような英単語テストをいくら繰り返しても無意味である。この無意味な単語テストは日本中の中学高校で行われていて、それに効果があると信じている英語教師によって続けられている。
学区内でトップの公立高校に入学したオレは高校1年の時は自転車ばかり乗っていた。夏休みになると信州に出かけたりしていた。一日に200キロ走れる自信があったし、体力が充実していたのでとにかく走るのが楽しかったのである。その結果成績はどんどん下がり、気が付いたらクラスで下から2番目となっていた。まだオレよりも下がいたのも不思議だったが、数学はさっぱりわからないし、もともと得意だった国語と地理以外の科目は壊滅していたのである。
もっともオレは平気だった。中学でクラス1番の生徒ばかり集まってるような高校で自分が落ちこぼれたりしてもそれは別におかしいことでもなんでもないし、地方の国立大学、中でもオレは山が好きだったから信州大学にでも行ければいいと思っていたわけで、だったらそれほど上位の成績をとらなくても大丈夫という感覚だった。もっとも最下位近いというのはさすがにひどすぎるのだが。
まじめに勉強しなかったオレが英語の授業についていけないのは当たり前だが、オレをかわいがってくれた国語教師がオレの英語の成績を知って悲しみ、なんと春休みに英語の特訓をしてくれた。オレ以外にも数人の生徒を集めて特別指導してくれたのである。国語の教師なのに英語もよくできる方だった。オレにとって人生最大の出会いはこの教師と会ったことである。もしも出会わなかったら今の自分はなかったのだから。オレが国語の教員をしているのはその教師が「おまえは教師になるなら国語でなれ。そのまま何もしないでもなれる」と言ってくれたからである。
その特訓というのはおのおの辞書を引きながら頑張って英文解釈の問題を解くという会だった。オレはまじめに予習した。時間を掛けてもとにかく必死で読んだ。その教師をリスペクトしていたから必死で頑張ったのである。
高校2年になった。オレは「英語の授業を受ける前に予習で全部理解しておく」という方針を貫き、家で必死で予習した。ちゃんと予習すると授業も面白く、完全に理解できるということでテストの点数も上がった。1年間でオレはいつのまにか学年で10位以内のところまで成績が上がっていた。数学も物理も化学もなぜか全部できるようになっていたのである。高校2年の終わりに受けた初めての外部模試である全統マーク模試でオレは自分がとった成績にびっくりしたのである。
高校3年になったオレは「受けられる限りの模擬試験を受ける」という戦略で、エール予備校の関関同立判定模試なんかも受けていた。「日曜日は遊ばない」という方針で手あたり次第受験したのである。河合塾の京大オープンでE判定をもらって少し落ち込んだこともあったが、その一週間後に受験した夕陽丘予備校の共通一次対策模試では東大文Vが90%、京大文学部が70%という合格可能性の判定だった。(文Vの方が定員が多いのでこのような判定になったのだろう)それで安心して新年を迎えられた。
高校1年の頃に英語全然ができなかったオレは、「授業を受ける前に予習でわかる」という方針を徹底した結果、ちゃんと苦手を克服することができた。自然と単語力もついていた。数学も理科も、ちゃんと時間をかけて丁寧に学校から与えられた問題集を解き、模試で解けなかった問題があっても必ず次はできるようにするということを繰り返した。
[5]続きを読む
08月19日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る