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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■松井秀喜と清原和博(求道者と犯罪者)
 2002年オフ、なぜ松井は巨人軍を出てヤンキースに移籍したか。オレはその理由がやっとわかったような気がする。それは最近の覚醒剤所持・使用で逮捕された清原和博をめぐる報道である。清原は巨人に在籍中にすでに覚醒剤を使用していたという。それは巨人に在籍した野村貴仁が語っているわけだが、清原の覚醒剤使用は巨人の選手には公然の秘密であり、周知のことだったという。だとすれば松井秀喜もそれを知っていたはずだ。そう考えると謎が一つ解けるのである。そう、なぜ松井はヤンキースへ移籍することを望んだのか。

清原は「番長」だった。およそ巨人の選手には似合わないキャラクターの持ち主だった。王貞治にもっとも近い男として、そして巨人軍の伝統を引き継ぐ者として入団してきた松井秀喜にとってこの清原という異分子の存在は「相容れない」ものだったのではないか。ジェントルマンの松井とヤクザの清原が反りが合わなかったことは容易に想像がつく。おそらく松井にとって清原はもっとも嫌いなタイプの野球選手だったのではないかとオレは想像するのだ。清原と松井はベンチでは決して横に座らず、一緒に食事に出掛けるようなこともなかったという。松井は後に「清原と飲みに行っても、車と女の話ばかりだった」と語っている。松井が常に野球人だったのに比べ、清原は球場を一歩出ればもう俗人だったわけだ。

 清原が巨人軍の中に「清原軍団」という派閥を作り、元木大介などを子分として従え若手選手にどんどん悪影響を広めていたとするならば、きっと松井はそれを苦々しく思っていただろう。暴力団幹部との交際を自慢する清原の存在は、球界一の紳士である松井にすれば信じられない大馬鹿野郎としか見えなかっただろう。ピアスや刺青も同様である。そんなおかしな人間は、ストイックな求道者である松井にはとうてい理解不能だったのである。もちろん清原にとっても松井は理解できない存在だっただろう。ゼニや高級なクルマや女に興味の無い人間というのは清原のこれまでの交際相手にはいなかったからである。清原にとっての野球とはゼニをかせぐためのただの道具だが、松井にとっての野球というのは極めないといけない一つの道であり、神聖なものであった。相手を暴力で威嚇し、権力で支配しようとすることを望んだ清原と、そのすぐれた人柄で自然と人々の支持を集めてきた松井、孟子の表現を借りるならば覇者(清原)と王者(松井)、両者の個性はまさに対極である。そして清原軍団に支配されていく巨人軍を見ていた松井は「オレはもうこんな腐ったところには居たくない」という気持ちになったのではないだろうか。

 このあたりは本当にオレの単なる憶測だが、松井が語らなかった移籍の真実というのは実はこういうことだったのではないか。松井は本当に野球を愛していた。それゆえに、若手選手にどんどん悪い習慣(覚醒剤?)が広がっていく救いようのない状況が許せなかったのである。もうここはオレの居場所じゃないとはっきり自覚したのだ。

 若手選手が清原の子分になり、そこに覚醒剤が広がってるということになれば巨人軍だけの問題ではない。それこそ日本のプロ野球すべてをひっくり返すような大スキャンダルである。あまりにもコトが大きすぎて誰もそんなことバラせない。そういうわけで選手の間では公然の秘密としてこの覚醒剤問題は封印されたのである。誰も清原のクビに鈴をつけることはできなかった。みんなが口をつぐみ、そして一刻も早く巨人からこの厄介者が出て行ってくれることを願った。清原が試合に出ない方がいいというオーナー発言やハイタッチ拒否事件などの堀内監督との確執も、清原が「シャブ中選手」であったということを考えればすべてつじつまが合うのである。

 度重なる故障で「戦力外」ということで清原の放出が決まったとき、もっとも安堵したのは清原の覚醒剤使用を黙認してきた他の選手たちではなかったか。ただ、清原を排除して終わったわけではなく、その悪しき伝統は後の野球賭博問題へとつながっていったのである。


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02月24日(水)
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