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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■勉強の仕方がわからない人たち
オレは多くの生徒をこれまで見てきたが、成績が伸びない生徒には必ず共通点があった。それは彼らが「勉強の仕方がわかってない」ということである。時間をかけていないだけではない。時間をかけているのに成績が伸びない者も多い。その理由はその時間に「質」が伴っていないからである。「質」が伴わない勉強はいくら「量」を増やしてやっても時間の無駄である。
いわゆる「馬鹿」というのは頭が空っぽだ。何も知らない。そこにさまざまな知識をINPUTする必要がある。これが勉強の第一段階である。厳密に言えばこの時点ですでに生徒たちには大きな差がついているのである。小学校一年生で頭が空っぽの者もいれば、かなり漢字を知っていて難しい本が読める者もいるだろう。
まあとりあえず「空っぽ」ということを前提に話を進めよう。そこにさまざまな知識をINPUTしていく作業がまず必要だ。数学なら概念を理解して公式を覚えたり、先生の説明を聞いてみたりする。日本史なら教科書を読んだり、先生の説明を聞いたり、歴史小説を読んだり、大河ドラマを観たりする。英語ならやさしい英単語を覚えたり、教科書を読みながら先生の説明を聞いたりする。大事なのはこれらはすべて学校教育の中で自然に行われていることであり、小中学校の授業というのはこのINPUTが基本である。そこで寝ていたり話を聞かずにおしゃべりに夢中になっていたり学校を休んでいたりするものは、そのINPUTが不十分なままになってしまうのである。ちなみにオレは小中学校の頃は試験で間違うということがほとんどなかった。試験というものは100点がとれるのが当たり前で、他の生徒はなぜ間違うのか不思議だった。もっとも聞いたことを全部覚えているオレの方がむしろ異常な子どもであったということは当時の大人たちの反応を思い出せばよくわかるのだが。
さて、せっかくINPUTした知識は、普通の人間はどんどん忘れていく。忘却の彼方に去ってしまうしまうのである。どうすれば忘却しないで済むか。その方法は、覚えた知識を一度外に出すことだ。これが勉強の第二段階である。いわゆるOUTPUTの作業なのだ。それは問題を解いてみたりするとよくわかる。覚えていれば解けるし、忘れてしまっていれば解けない。記憶力のよかったオレは、小学校の頃は家で全く勉強しなかった。宿題すらやらないこともあった。そんなことをしなくても最初のINPUTの段階ですべて覚えることができたからである。しかしそれは「特別」なことであり、普通の人間(いわゆる「凡人」)はOUTPUTの作業を通じて覚えた知識を再確認することで、記憶は定着するのである。そうして記憶容量を拡大していくことで知識を増やしていかないといけないのである。
自習している生徒を見るとよくわかるのだが、自習の時の活動がINPUTなのかOUTPUTなのか、それだけを確認するだけでその生徒が賢い生徒なのかダメな生徒なのかがはっきりする。賢い生徒の勉強は基本OUTPUT型であり、馬鹿な生徒の勉強というのはINPUT型なのである。ぼんやりと世界史の図説を眺めていたり、単語集に赤いシートを重ねて覚えていたり、珍しく手が動いてるなあと思ったらノートにただ英単語を書き出したり、明智光秀明智光秀明智光秀と人名を繰り返し書いていたり、そういう生徒を見ると「終わったな」と思う。もうセンター試験まで一ヶ月という時点で明智光秀を知らないような受験生は馬鹿すぎる。一方OUTPUT型の勉強をしている生徒はひたすら考えている。自分の持ってる知識をフル動員して、目の前の問題を解くことに真剣になっている。知識がすでにINPUTされていることを前提に、その知識を使って目の前の英語長文を読み、数学の問題を解いてるのだ。
模擬試験というのは一種のOUTPUT大会である。そこで受験生たちは自分の貯めた能力、これまでのINPUTの成果を試す。すでに十分にINPUTの作業を終えてるからこそそこで力を試すことができるわけだ。受験直前というのにまだINPUTができてないという受験生は戦いの場にも参加できていないのである。合戦の時に槍や刀を持たずに丸腰で参加してるようなものである。
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12月17日(水)
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