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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■代々木ゼミの栄光と没落



 かつて、代々木ゼミは予備校界のトップを走っていた。それはまぎれもない事実である。かつて3大予備校と呼ばれた「河合塾」「駿台」「代ゼミ」の中で、代ゼミがとったのは徹底した大衆化と拡大戦略だったのである。18歳人口がピークだった頃は浪人生も全国で30万人以上存在した。そんな中での拡大戦略は理にかなっていたのだ。

 オレが受験生だった頃、大阪でもっとも定評があったのはYMCA予備校だった。同じクラスの生徒で京大や阪大に落ちた者たちはみんなYMCAに行った。当時、西城秀樹が「ヤングマン」を歌い、その中で「YMCA」と叫ぶ部分があるので、YMCA生たちは「ぼくたちの歌ができた」と言って喜んでいたのである。それ以外にも大阪には「大阪予備校」「大阪北予備校」「エール予備校」「天王寺予備校」「夕陽丘予備校」といった老舗の予備校があって、受験生を分け合っていた。京都には京大に強い「近畿予備校」や同志社に強い「関西文理学院」という予備校があった。

 そこに3大予備校が進出してきた。それぞれのイメージをたとえるとこうである。国にたとえると、駿台は中国、河合塾はソ連、代ゼミはアメリカである。百貨店にたとえれば駿台は三越、河合塾は西武、代ゼミはダイエーと言われた。またそれぞれの予備校の長所や特徴として、生徒の駿台(駿台は賢い受験生が集まる)、机の河合(河合塾の机は一個一個独立していて自分のスペースが広い)、講師の代ゼミ(代ゼミの講師は人気講師が多い)ということが言われた。

 3大予備校との戦いに敗れ、大阪に元々あった中小の予備校は廃業や大幅縮小を余儀なくされた。これもある意味歴史の必然だったのかも知れない。 郊外に巨大なイオンモールができて、駅前商店街がシャッター通りになってしまうことと同じである。日本全国で起きている現象の一つだ。

 その3大予備校の中で、さらに進行する少子高齢化を生き残れるのはどこか。もちろん浪人生が減少すれば現役生を取り込んでいけばいい。また、すぐれたテキストや模擬試験、そしてデータの活用、IT化などさまざまな戦略があるだろう。駿台はベネッセと提携した。その結果、進研模試受験生という日本最大規模の受験生集団を顧客にすることが可能となった。河合塾はすぐれたテキストを作った。河合塾の作ったテキスト類はオレも参考にしている。代ゼミが遅れたのはそういう部分だった。個性的な講師の人気に頼るという戦略は、駿台と河合が高校と連携し、受験現場の教員に対して研究会を実施したりするという地道な戦略の前に結果的に敗れ去ったのである。そして、代ゼミのコンセプトをぱくって東進ハイスクールが有名人気講師を集めるという戦略をとったことにより、代ゼミの独自性も失われてしまった。

 現場の教員もまた、3大予備校の中でどこの模試が役立つのか。どこの予想問題が実際に的中するのか。そういうことを詳細に検討する中で河合や駿台を選ぶことになり、3大予備校の中で代ゼミが負け組となったことは、ここ10年くらいの必然的な流れとなっていたのである。もちろん競争がある以上勝者も敗者もある。それは仕方のないことである。オレは駿台、河合、代ゼミそれぞれの実施する入試問題の研究会などに出席したが、やはり駿台や河合塾の方が役に立ったのである。

 代ゼミは全国にある校舎の7割閉鎖し、来春に大幅なリストラを行うこととなった。17都道府県で展開する29の校舎のうち7割にあたる約20校舎を来春にも閉鎖する方針を固めたのである。閉鎖する校舎では来春以降の生徒を募集しないという。

 3大予備校各校の集計によれば、2013年度の東大合格者数は、代ゼミの369人に対し、駿台予備学校は1257人、河合塾は1101人である。この数字をみればもはや代ゼミが負け組となったことははっきりしている。しかし、まだこれだけの力が残っていたのかとオレは驚くのだ。今春オレが担任して卒業させた生徒たちの中で浪人を選んだ者はほとんどが駿台か河合を選び、代ゼミが皆無だったことを思えば。


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08月27日(水)
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