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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■言いたい放題日記終了のお知らせ
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 5年前にオレは「2008年11月03日(月) WEB日記を書き続けるということ 」という題名の日記を書いた。

 それから5年、いつのまにか読者の数もその頃の半分以下に減った。WEB日記というスタイルがもはや過去のものになってしまった。ネット上にあるテキストはどんどん短い言葉の断片となり、オレと同じWEB日記というスタイルのものもめっきりと減ってしまった。

 アクセス数が減った理由ははっきりしている。オレの書いている文章の質が落ちたからである。書いているオレが一番それをよくわかってるのだ。オレは「毎日更新」というスタイルにこだわるあまり、ネタのない日も無理矢理に書いてきた。そんなことをして一定の質を保てるわけがないのである。

 オレが最初にWEB上に発表したテキストは 「100万回生きたねこ・試論」である。そのテキストを書いたのはもう20年以上も前のことである。ニフティーサーブのパソコン通信上にある掲示板「スピリットのコーナー」にUPしたのである。オレはその掲示板に次々とテキストを書いた。北欧・東欧旅行記の 「白夜特急編」、そして俵万智さんの本の解説として書いた 「チョコレート革命・試論」である。そういったまじめなテキストを書く一方でオレは 「変態古典授業」というかなりアダルトで過激なテキストも書いた。さまざまなスタイルのものを書いてみたかったからである。その頃のオレには書きたいことはいっぱいあった。オレはそのほとばしる執筆意欲をただパソコン上にぶつければよかったのである。

 それらのテキストを読み返して思うのは、今よりもずっと面白いということである。オレはもう峠をすぎてへろへろ球しか投げられない暗黒時代の阪神の中継ぎ投手のようになってしまったのである。

 いつからオレは書けなくなったのだろう。書いていることが楽しくなくなって、それが「毎日の更新」というノルマをただ果たすだけの行為になってしまったのだろう。質の悪いテキストを量産することがかえって読者を失望させ、二度と来ない人を増やすだけにしかならないということにどうして気づかなかったのだろう。

 2005年から書かれた Chikirinの日記というブログがある。このブログを読んでオレが感じたことは、自分が書くことによってどういう存在を目指したかったのかという具体的な姿がそこに存在したということだった。そして、今のままのスタイルで質の悪いテキストを書き続けることはますますその目標から遠ざかるということもよくわかったのである。

 オレはよりよく書くために、書くものを選ばないといけないし、「書きたい」というパワーが貯まるまで待たないといけない。惰性やノルマで書くことはもっとも自己の理想から遠ざかることなのだ。このテーマで書きたいというものが出てくるまで、オレは書いてはならなかったのだ。

 毎日更新し続けたということは、オレの日記の大きな特徴だったかも知れないが、そのために「面白い文章を書く」「意味のあることを書く」という部分が失われれば本末転倒である。それはもはや連載末期の全然面白くないけどお情けで掲載されている漫画みたいなものである。そんなものは商業誌ではすぐに切られてしまうだろう。

 オレにはまだ書きたいことがある。それはこの「言いたい放題日記」の中で実現できるものではない。それに、この日記のスタイルで表現することには限界がある。しかももう今この場を読んでくれている人々はさほど多くない。一日のアクセス数は約2000である。それも決して少ない数字ではない。しかし、オレの目指していたのはそのレベルではない。

 
 日記才人という場でアクセスランキング1位になったり、もう失われた「テキスト庵」という場で多くの方に読まれていたことで自分が大きく勘違いしているうちに、他の書き手さんたちはもうとっくに自分よりも先の世界に行ってしまっていた。オレはいつまでも成長しなかった、いやむしろ自分は退化していたのだ。そのことをオレはつくづくと知らされたのである。


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11月26日(火)
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