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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■貧困の中で大人になること
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 朝日新聞記者の中塚久美子さんが「貧困の中でおとなになる」という本を書いておられる。日本の将来を考えたとき、格差社会がどんどん進行して階層の二極分化が進んでいるということと、そのしわよせが子どもに向かってるという現実を我々は受け止めないといけない。勉強できないことは本人の責任ではない。そもそもまともな教育力を持たない親の子がどうして小中学校での学びについていけるだろうか。
 昭和11年生まれのオレの母は、鹿児島県の坊津で育った。幼い頃に「勉強だけは貧乏も金持ちも関係ない」と母(私からみると祖母)から言われたという。そう、昔はたしかにそうだったかも知れない。しかし、今ははっきりと違いがある。小さい頃から親の貧困のために満足な学習環境がない子どもたちが大量に発生してきているのだ。

 小学校の教員は多忙である。そこで割り算のできない子がいたり、満足に漢字が書けない子がいてもなかなかその原因を家庭環境にまで求めて解決することができない。また過程に問題があるとわかっても、その家が母子家庭で母親に精神疾患があったり、あるいは母親のもとに同居している継父が「しつけ」と称する虐待や暴行を繰り返してると知ったとして、どのような対応が可能だろうか。犯罪として立件されるものは全体から見ればほんのわずかである。

 小学校、中学校で満足に勉強できなかった結果、高校に進学しようとするとどうなるのか。そこには偏差値による輪切りが待っている。私立高校を併願で受験してもそこに進学するだけのお金はない。また貧困家庭への就学援助金は小学校・中学校が対象である。そうなると入学試験の偏差値の低い高校や、定時制高校への進学ということになる。実は定時制高校への進学者は最近増加しているのである。

 入学試験の偏差値の低い高校では中退率が高い。卒業しないで中退してしまう生徒の率は、偏差値上位の高校では1%もいないが、最下層の高校では3割近いところもある。そしてそうした学校の特徴は、入学してくる生徒の家庭の貧困率の高さである。親に定職がないとか、親が生活保護受給者で働いていないとか、親がワーキングプアであるとか、そうした子ども本人の努力ではどうにもならない状況が存在するのである。

 そこで学校にいったい何ができるだろうか。そもそも高校段階で失われてきた小中学校の分の学力を身につけさせることにどういう意味があるだろうか。もちろんその学力がないままに社会に放り出され、仕事についてもすぐに辞めてしまうということを考えれば小中学校程度の学力は絶対に必要だ。しかし、高校でそれをするのではなくて、もっと早くに対策がたてられるべきではないのか。貧困の中で育った子どもが高校で小中学校の復習をしたり、その学力でも入れるFランクの私立大学に、奨学金という借金を背負わされて入学し、就職にちっとも役立たずに社会に放り出されることが果たして正しいのか。

 オレはかつてこの日記で、Fランク私大が貧困層にとっては搾取の装置になってるということを書いた。学力が低い生徒まで利子付きの奨学金はカバーしているわけだが、その奨学金という名の数百万の借金を抱えたまま大学を卒業し、非正規雇用でしか就職できない者たちの多くが、貧困家庭の出身者であるという現実をどのように受け止めるべきなのか。こんな状況を放置していて日本はどうなるのかとオレは警鐘を鳴らしてるのだ。

 巷には現業部門の就業者が足りないという状況がある。オレの家の近くには山崎パンの大きな工場があり、我が家に入るチラシにもそこで「従業員募集・正社員登用制度あり」という記事が掲載されている。東日本大震災の復興が進まない原因の一つには土木や建設関係の労働者が減少していて極端な人手不足になってることがあげられる。しかし、Fランクとはいえ大学進学して奨学金を背負った人たちはそうした現業部門の仕事や肉体労働などは考えもしないだろう。


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11月24日(日)
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