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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■このビンボー人再生産システムをなんとかしろ!
 日本は豊かになったと言われるが、貧富の差はどんどん拡大している。しかし、貧しい層がますます貧しくなったかというとそうではない。貧しい層は貧しくてもOKというふうになってしまったから始末が悪い。一番ビンボーなのは、自力でナントカしようとがんばって働いているまともな人たちで、そこでギブアップして生活保護を受けるのを選択するとあーら不思議、かなーりまともな生活ができちゃうというのが今の社会福祉の仕組みの不思議さである。

 就学援助という仕組みもそうだ。公立の小中学校で文房具代や給食費、修学旅行費などの援助を受ける児童生徒の数がこの4年間で4割も増加し、東京都足立区などは受給率が40%をこえているという。まさにどっひゃーという数字である。年平均で小学生が7万円、中学生が12万円という金額が給付されるのだが、給食費や修学旅行費は親がパチンコ代とかに使ってしまうことが多いので直接学校が管理してる口座に振り込むようにしているそうだ。受給率7割という学校もあるらしい。いったいどんな地域なんだとオレはびっくりしてしまう。首都圏ではもしかして、教育にゼニを出す余裕のある層、つまり生活に余裕のある層はすべて私学に子供を通わせているのだろうか。

 以前にこの日記では、仙台市で給食費を踏みたおす親がいっぱいいて学校が困っている状況のことを取り上げた。オレは学用品なんて自分で買うものだと思うし、ましてや給食費や修学旅行費を国から出してもらうなんてどうも納得がいかない。そういう子供が一人前にゲームボーイや携帯電話なんかは持っていたりするとちょっと待てよと言いたくなる。ビンボーならそういうものはあきらめるべきじゃないのか。こんなのはどこかおかしいじゃないか。

 オレが子供の頃、クラスの友達の家に遊びに行くとたいてい母親は家にいた。2DKくらいの長屋で5人家族とかが暮らしていて、そんな狭い家でも上がり込んで遊んでいたのだ。家賃もかなり安かったはずである。就学援助なんて気の利いた仕組みがなかったのか、ノートを買えない子や、エンピツや消しゴムさえも持っていない子がいた。そういう子はたくさん持ってる子から恵んでもらったり、先生からもらった短くなった鉛筆を使ったりしていた。

 中学生の時にオレは文芸部に一時期所属していたが、そこには貧乏で原稿用紙が買えず、同じ紙に鉛筆で書いた文字を消しゴムで消してまた使ってるヤツがいた。カッターシャツは袖がすり切れて薄汚れたままで、しかも不良グループにいじめられて昼食のパンを買うためのパシリをさせられていた。彼はオレが大学に進学した年の正月に一度だけ我が家に来たが、オレの母親から「息子は京都の大学に行ったから家にはいないよ」と告げられて帰り、もうそれっきり二度と来なかったらしい。彼が今どんな暮らしをしてるのかオレにはわからない。オレの家も決して豊かとは言えない暮らしだったが彼の貧しさに比べればはるかにマシだった。ただ、世の中にはものすごい貧乏な暮らしが存在し、その運命を変えるためには必死で勉強するか働くしかないということをオレは彼を見ていて感じていたのだ。

 確かに努力によって運命はある程度変えることができた。まぎれもなくビンボー人の一人のはずだったオレは、大学を出てまっとうな職についてそこそこの給料をもらい、さらに投資家としてゼニでゼニを産み出す方法を知った。しかし、大多数のビンボー人はさらにビンボーになった。なぜなのか。それは多くの低所得者をさらにビンボーにしてしまう装置がこの世には存在するからである。

 例えば住宅ローンだ。良質で家賃の安い賃貸住宅が都市に大量にあれば持ち家など必要ないのに、まるで談合して高くさせてるようなぼったくりの家賃が当たり前の状況を作り出して「持ち家の方がトクですよ」「家賃並みのローン」という言葉でだまして35年も掛けて払わせる仕組みだ。3000万の家に結局は5000万払うことになり銀行を儲けさせビンボー人の稼ぎを奪ってしまうのである。妻がローンのためにパートに出ないといけなくなるのである。その建て売り住宅や粗製濫造のマンションはせいぜい30年も経てば建て替えないといけないようなシロモノだ。


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01月04日(水)
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