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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■アル中ドライバーは福岡へ行け!
 地裁は結審後の昨年12月、予備的訴因として業務上過失致死傷罪と道交法違反(酒気帯び運転)の追加を福岡地検に命じた。地検は追加に応じたが、危険運転致死傷罪を適用すべきとの立場は変えておらず、控訴を検討するとみられる。
 同地検の吉浦正明次席検事は「判決を子細に検討したうえで上級庁とも協議して適切に対応したい」、弁護側は「判決を厳粛に受け止める。主張が受け入れられていない点も多々あり、残念」とのコメントを出した。
 判決によると、今林被告は06年8月25日午後10時50分ごろ、福岡市東区の「海の中道大橋」で、乗用車を時速100キロで飲酒運転。大上哲央(あきお)さん(34)のRVに追突して海に転落させ、長男紘彬(ひろあき)ちゃん(当時4)、次男倫彬(ともあき)ちゃん(同3)、長女紗彬(さあや)ちゃん(同1)を水死させ、哲央さんと妻かおりさん(31)にも軽傷を負わせて現場から逃げた。

 実は12月中に2件の「危険運転致死傷罪」の判決が他の裁判所で出ている。どちらもこの事件に比べて加害者の責任が特に重かったとは思えない。どちらかというと、この事件の今林大被告の方がはるかに行為は悪質である。しかも今林被告は公務員という職にありながらその事故を起こしており、より重い量刑が適当であるというのは市民感情からも十分に納得できる。それにも関わらず、オレにしてみればもっとも最近の飲酒運転事故の中では特に悪質なこの事件で危険運転致死傷罪が適用されなかったということに対して、激しい怒りを覚えるのだ。

 オレがいつもこの日記で訴えることは裁判官というものの立場である。裁判官というのはこの世で唯一、正義を自分の手で行使できる存在ではなかったか。オレのようなただの文句タレのオッサンがいくら正義を語ったところで、それはただ語ってるだけなのである。現実に正義を行使できるのは裁判官しかない。オレにできるのはせいぜいセイギではなくてセイキ(性器)を行使するくらいである。

 たとえば国政選挙の一票の重みにはかなりの格差がある。田舎ほど一票の価値が重く、都市部では軽い。オレはそんな状態は不公平だと思っている。しかし、これまでに有権者が一票の不均衡を訴えた裁判で、選挙そのもののやり直しを命じた判決はない。裁判官には「こんな不平等な選挙定数はおかしい」という事実を提示して、真に公正な選挙を実現するという力が備わってるのだが、誰もそんな力を行使しない。彼らは自分たちが正義を実現できる唯一の存在であるのに、正義なんてものに背を向けているのだ。なぜか?ただの自己保身である。政治権力に逆らうことを単純に彼らは怖れるのである。正義なんかどこかに置き忘れてるのが今の腐れ裁判官どもの実態なのだ。

 政治家の収賄、マンションの構造計算書の偽装、環境破壊だけをもたらす無意味な公共事業、そういったこの世にはびこる金持ちや権力者の悪に対して、断固として「NO!」と言える力を持つのは裁判官だけなのだ。彼らこそもっとも強い正義感を求められる存在なのだ。ところが現実にはそうではない。オレはそのことが残念でならないのである。もしもオレが30年時間を戻してもう一度大学生をやれるのならば、法学部に入り直してロースクールに進んで正義の裁判官や弱者の味方となる弁護士となって、この世に正義を訴えたいと思うのだ。いや、今からでも遅くない。もしもオレが投資で大儲けできて、これから先の家族の生活の心配がないくらいの巨額の財産が手に入れば、そのときは50の手習いでロースクールで学び直すのもいいかも知れない。かなり記憶力は鈍ったが、それでも新制度の司法試験の勉強に耐える能力はかろうじてまだ残っているだろう。今、正義を実現する裁判官がただの一人もいないのならば、自分がその一人になるしかない。

 この日記を読むすべての人がオレの訴えを理解し、そして司法試験を志すすべての法学部やロースクールの学生たちが正義の意味を理解してくれるなら、きっと世の中はよい方に変わるはずだ。オレがこの日記を書き続け、常に正義を訴えるのはその夢を捨てていないからだ。今回の裁判、なんでこんな判決なんだと怒った方はどうか一人でも多くの方にこの日記を教えて、多くの方にオレの叫びを届けて欲しい。


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01月09日(水)
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