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ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(8) 外法帖
「ええ、そうです。ですから、あるいは私の考え過ぎかもしれませんが・・・誰かが勇之介の霊をそそのかしたのだ、としたら? この江戸の街を混乱させたいがために、彼を利用しようとしたのだとしたら? そう、世にも名高い八百屋お七火事をそそのかした、ならずものの吉三郎のように・・・」
この事件の裏には、勇之介とは別の黒幕がいる───!?
「冗談じゃないわよ・・・!」
あたしは思わず唸らずにはいられない。握りこぶし込み、で。
「怨霊に火を付けさせておいて、自分たちは何しでかそうって腹なわけ? 人殺し? 押込み強盗? それとも両方? ふざけんじゃねえぞっっっ!!!」
「さ、榊さん落ち着いて下さいっ、そうと決まったわけじゃないんですからっ」
あくまでも御厨さんの仮説の1つに過ぎないにもかかわらず、あたしはすっかり頭に血が上ってしまっていた。夜だと言うのにはしたなくも口汚なく、誰にともなく罵りの言葉を浴びせ掛ける。
・・・ああ、すっかり荒くれ者ぞろいの火附盗賊改の雰囲気に、染まってきちゃってるわね。お上品な以前のあたしってばどこへ行ったのかしら(笑)。
「と、とにかく小津屋はもうすぐですよ」
御厨さんに言われて気が付けば。
いつの間にやらあたしたちは、小津屋の焼け跡の小路1つ手前までたどり着いていた。
ここの角を曲がれば小津屋、と言うところで。
ドンッ☆
「おっと」
「きゃっ!」
御厨さんが、前方から走って来た誰かとぶつかった。
普段の彼ならそうそうないことだけど、怒り心頭のあたしに気を取られたせいなんでしょうね。
「大丈夫か? すまなかったな」
そう言って、御厨さんが手を差し伸べた相手。それは幼い少女だった。泣いていたのか、ちょっと目が赤い。
「あ、ありがとう・・・」
目をこすりつつ立ち上がったその子は、少し怖がりながらもそれでもちゃんと御厨さんにお礼を言ってから、走り去った。
「・・・何かあったんでしょうか? あんな子供がこんな時間まで出歩いているなんて・・・」
単に遊んでいたとは思えないし、と御厨さんも不審がるけど、ふと地面に目を落としたあたしには、何となく事情が分かった。
「ここで焼け死んだ者の縁の者でしょうよ」
「え?」
「添える花を探していて、それでこんなに遅くなったと言ったところでしょうね」
あたしが目で指し示した道の脇には、小さな石を2、3個積んだものがある。どうやら墓に見立てられたらしきその前には、摘んだばかりで草の匂い漂う野の花が、ひっそりと添えられていた。
1月前までは、日本橋で屈指の呉服屋だった小津屋。でもすでにここには、建物の残骸はない。もうしばらくすると、また別の新しい店でも建てられるのだろう。
それでも───ここで死んだ者たちの苦しみと、残された者たちの悲しみがなくなる事は決してないのだ。まるで呪いのごとく、幽霊のごとく、心の奥底に染み付き漂い続ける・・・。
さっきの少女との出会いは、あたしにそのことを再確認させるに充分のきっかけだった。自分の無力さや『無能さ』にいじけている暇なんてないんだ、って事実を思い起こすのにも、ね。
「・・・いませんね」
どこかしら寂しそうに吹きすさぶ風をしばらくやり過ごした後、御厨さんがポツリと呟く。
「いないって、何がです?」
「榊さんもそのおつもりで来られたんじゃないんですか? ここで焼け死んだ勇之介の怨霊でも出没していれば、しめたものだと思ったのですが・・・」
・・・いつもは朴念仁の癖に、今日はやけに勘が鋭いですこと☆
だけど根っからのひねくれ根性は、自分のそんな気弱な感情を認めたがらなくて。
「よ、世の中、そう簡単にはいくはずないじゃないですか。だ、大体・・・長命寺近くと京橋で人を襲った怨霊がわざわざここへ戻る理由があるか、ってことの方にあたしは首を傾げたいですよ。姉との思い出がたくさんある自宅の方と言うのなら、ともかくもね」
そう憎まれ口を叩いているうちあたしは、自分が無意識のうちに事の真相にたどり着いている気がしてきた。
そうよ。
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05月19日(日)
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