ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■3月半ば(モン◎ーターン)
『彼女』のあまりの年季の入りように、蒲生になじみの薄い記者などは、イヤな感じの笑みを浮かべてこちらを見ていたらしいが。
件の後輩はと言えば、
「ああ、懐かしいなあ。相変わらず大事に乗ってるんですね、蒲生さんらしい」
と、久しぶりに会う旧友に対するような眼差しで『彼女』を見て。
それから「お邪魔します」と、まるで自室にでも招かれたような挨拶と共に、ヒラリと乗り込んで来た。まるで躊躇なしに。
そう言えばこいつは何度か『彼女』に同乗したことがあったんだったな、と十数年前のことを思い起こしていた蒲生に、この後輩が唐突に言ったのが『古女房』発言だったのだ。
「はあ? 古女房やと?」
「以前、波多野と話してたんですよ。蒲生さんが結婚しないのは案外、この車に入れ込んでるせいじゃないか、ってね」
「お前ら・・・2人して勝手に妙なこと話しとるなや」
「言いえて妙だと思いますけどね? どっちみちこれってデート用に向かないでしょうし、実際、付き合ってる女性は乗せたことがないんじゃないですか? 違います?」
「・・・・・・」
図星をつかれて二の句が告げられない蒲生に、助手席の後輩はクスクス笑う。
「さすがの蒲生さんも、2人の女性を同席させるほど図太くは、ないみたいですね」
「あのな・・・」
「いいじゃないですか。人であれ車であれ、そこまで惚れ込めるのならある意味、素敵だと思いますよ」
この後輩は時々、やけに文学的なセリフを言う。別に癇に障ったりはしないから構わないのだが、それだけに心に残ったのも事実。
「・・・そや、な。恋女房、言うんならちょっと違うきに、古女房、か。確かに辛い時も苦しい時もずっと一緒、みたいなイメージあるかも知れんの。
しっかし、何か演歌みたいやなー。今時古いわー」
「・・・・・」
蒲生がわざと明るく言って見せたのには、さしもの後輩も苦笑を返すだけだった。
*****************
辛い時も苦しい時もずっと一緒───。
蒲生があの時、思わず口にしたその言葉は、決してただの比喩ではない。蒲生が十数年前、実際に味わったものだ。
並み居るベテラン勢を押しのけ、20代の若さでSG初優出を果たしたその直後、痛恨のフライング。
色々ともてはやされていただけに、叩かれ方もまた半端ではなくて。たとえ蒲生が、名声とか人の評判とかはあまり気にしないとは言え、かなりショックを受けたのを覚えている。
それでも負けず嫌いだったから、早く立ち直りたくて。
でも周囲の冷たい目は、どうしようもなく、プレッシャーも酷くて。
・・・何より、勝てないレースはしたくなかった。出るからには勝ちたかった・・・。
そんな頃だったのである。知り合ったばかりの自動車のディラーに、無責任なことを言われたのは。
───買い換えたらどうですか? こいつ、手間かかるだけだろうに・・・。
何故か分からないがカチン、と来た。
幸い、一緒にいた従業員が空気を読んだのか、それとなく話をそらしてくれたからそれで済んだのだが、何をくだらない事を言ってくれるのだ、と腹立たしく思ってしまって。
そのディラーが帰るやいなや車庫に閉じこもり、しゃかりきになって『彼女』のフル整備をした覚えがある。
・・・今にして思えば、あのディラーの発言に深い意味はなかった。どうやら競艇には興味がない輩だったようだし、単に自分の中古車を少しでも捌きたくて、期待半分で持ちかけただけだろう。
ただ、何も知らないヤツが勝手なことを抜かしやがって、と思った自分も、確かにそこにはいた。
手間がかかるから何だ?
そのせいで何か、他人に迷惑でもかけたか?
整備するのは全部自分なのだ、それに、手間がかかるのも楽しみの1つだと言うのに・・・。
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03月16日(木)
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