ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
[61415hit]

■茂保衛門様 快刀乱麻!(11)外法帖
「御厨さん! そんな混乱状態の者など放っておきなさい。それよりここが長屋なのなら、大家がいるはずでしょう? 店子の事情なら大家に聞きなさいな、一番間違いがないんですから」
「は、はい、急いで!」

 ・・・こういう初歩の初歩を忘れるなんて、御厨さんにしては珍しいですこと。それだけ彼も動揺しているって事なのかもしれないけど、まだまだ若いわねえ。

 そうしてほどなく、件の大家夫婦があたしたちの前に引っ張り出されるようにして、現われた。
 一番聞きたいことはさておいて。彼らを落ち着かせて大家としての領分を思い出させるためにも、まずは順当な質問から始めることにする。

 ちなみにその間、他の人間はどうしているかと言うと、外へ出ないよう木戸近くにまとまって集まってもらっている。この中に放火魔が潜んでいるかもしれないから、という理由をでっち上げて。
 時刻が時刻だし、下手に他の町内へと逃げた際にこの騒ぎを、会う人間ごとに片っ端から吹聴されちゃ適わない。それこそ要らぬ動揺が、彼らにまで飛び火しちゃうのがオチだもの。
 本当に家に火が付いて燃え広がるようなら、凡例にのっとってすぐに逃がしてあげるつもりだけどね。

「落ち着いて答えなさいな。まずこの長屋には、一体何人の人間がいるのですか」
「へ、へえ、路地を挟んで六軒と七軒の長屋で、全部で三十人ちょうどでございます」
「それで、そのうち今の時間帯にいないのは何人?」
「岡引をやっている者が1人、ご浪人が2人、夜泣き蕎麦屋が1人でございますが」
「じゃ、いないのは4人のはずよね? ってことは、長屋の人間で今やここにいるのは全部で24人のはずだけれど、ちゃんと全員揃ってる?」

 ここまでの質問のうちに、さすがに大家は徐々に冷静さを取り戻しているみたい。職業病ってところでしょうけど、助かったわ。正直なところあたしの目からだと、普通の町人と裏長屋に住んでる連中の区別が、つかないんですもの。

 とにかく大家は店子の顔を1人1人、目で確認し始める。
 そのうち、
「あんた、お夏ちゃんたちがいないじゃないか!」
 と、大家の奥方の方が血相を変えた。
「お夏? 誰よそれ」
 唐突に放たれた固有名詞に、首を捻る。この緊急事態で出てくるんだから、よほどのワケあり、と見るべきだろう。
 思わず尋ねたあたしに、大家夫妻はかわるがわる説明をしてくれた。

「へえ、一昨年奥方をなくした彦一と言う男が、娘と2人で暮らしてまして」
「その娘の名前が、お夏と言うんでございますよ」
「そ、それで、その彦一はつい先日から寝込んでいまして。ずっとお夏ちゃんが看病しておるのですが・・・」

 ・・・寝込む、ですって?

 直感的にあたしは、大家夫妻につかみ掛かっていた。

「その父親って何をしていて、どの部屋に住んでるの!?」
「油売りの行商で。ここからは一番奥の、井戸横の・・・」

 その答えが脳に意味ある言葉として到達する前に、あたしは走り出していた。
 大家の言った奥の井戸横の部屋へ息せき切ってたどり着き、ものも言わずに戸を開け放つ。
 途端。

「うっ!?」

 目の前に広がっていた光景に、悲鳴も上げなければ後ずさりもしなかったのは、我ながら天晴れだったわよ。
 何故なら・・・そこは文字通り既に『火の海』だったから。
 部屋の中は轟々と燃え盛る炎で、覆われていたのだから!!

 ───だけど、そこはそれなりに場数を踏んできた経験上、あたしはすぐにおかしい、と直感する。
 だってこの部屋からはまだ、『火事の匂い』がしないんですもの。
 確かに空気が熱い、と感じはする。炎の燃える音も聞こえる。なのに、ものが燃えた時独特の『悪臭』がしないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるものですか。

 ひょっとしてこれは、何かの術か、幻でも見せられているの?

 とっさにそう判断したあたしは、おそるおそる炎へと1歩、足を踏み出したんだけれど。

 ヒョオオオオオオオオ・・・・・・!!

 あろう事か、炎が動いたのだ。吠えたのだ。近寄るな、と言うように。

[5]続きを読む

12月18日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る