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ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(10) 外法帖
 あたしは火附盗賊改として、それはもうイヤってくらいに身にしみて知ってる。
 そして、人の心ってものが案外脆いってことも、ね。
 もし本当にあたしの推測通りだったら、その油売りが火事以降寝込んでしまった本当の理由は、恐怖は恐怖でも火事そのものへの恐怖からじゃない。又之助に心の隙をまんまと突かれた挙げ句、過剰に促進された罪悪感から来る恐怖だってことに・・・なる。


「とにかく、あたしの推理が正しければ、勇之介が次に狙うのは、その油売りに違いないわっ! 御厨さん、彼の住まいはどこっ!?」

 道の角を、減速せずに苦労して曲がり切りながらあたしは、律義に着いて来る御厨さんにそう尋ねたんだけど。
 彼の返答は歯切れが悪いながら、端的だった。
「それが・・・神田の長屋なんですが・・・」
「神田あ!? 神田ですってえ!?」
 あたしは大慌てで、その場に立ち止まることを余儀なくされた。
 あまりに急激に止まざるを得なかったから、道の脇の木塀を思い切り蹴飛ばしたんで大きな穴が空いちゃったんだけど・・・不可抗力、よねえ?
(もちろん後で直させますよ、当然費用はこちらもちでね)
 大体、その時のあたしはもう、塀垣云々を気にしてる場合じゃなくなっていたんだから。だって・・・。
「よりにもよって、こっちとは正反対の方角じゃないのおっ!」

 言われてみれば、《鬼道衆》が割り込んでくる直前に、そういう話を御厨さんから聞いたような気もするものの・・・時、既に遅し。
「すみません! もっと早く申し上げれば良かったのですが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・別にあなたのせいじゃありませんよ、御厨さん」
 どっと押し寄せてくる疲れと頭痛に、あたしはそう答えるのがやっと。

 と言っても、この事態を引き起こしたのがあたしのせい、ってわけでもないのは当然よねえ。
 だって、《鬼道衆》の連中が居合わせたあの場で、油売りの住まいを聞いてなんてご覧なさいな。あいつらが抜け目なく聞きつけて、そっちへ向かうのは必至。下手をすれば事態を悪化させないとも限らない。

 ・・・え? あの桔梗って女もさすがに反省していたから、この際協力を仰ぐべきだろう、ですって?
 冗談じゃないわ! 《鬼道衆》は曲がりなりにも、徳川幕府を転覆させようって連中なのよ? この事態を利用して、どんなとんでもない企てをしでかすか、分かったものじゃないわ。
 彼らの情報は信用しても、彼ら自身を信用するな───これが今まで盗賊たちと渡り合ってきた、与力としてのあたしの経験から言えることなの。疑っておくにこしたことは、ないですからね。

 とは言うものの、現状を打破するにはあまりに手持ちの材料が少なすぎるのも事実。
 何せ今から引き換えそうにも、後ろからは《鬼道衆》のあの3人が追ってきているのは明白だ。そのまま引き連れていくわけにはもちろんいかないけど、あたしの足じゃ振り切ることも正直、不可能だと思う。
 だからと言って、川沿いに船で行くわけにもいかないし、駕籠を呼ぼうにも時間がなさ過ぎる。とにかくこの場で《鬼道衆》の尾行を撒き、かつ、神田まで一刻も早くたどり着かないと・・・・・!

 その時。あたしのすこぶる優秀な耳が、遠くからこちらへと近付いてくる物音を捉える。
 ガラガラガラ、と言う・・・これは荷車の車輪が転がる音かしら?
 いっそ《鬼道衆》を振り切るのは諦めて、一気に荷車で神田まで───と思った矢先、耳に飛び込んできたのはこれこそ地獄に仏と例えるべき、嘶き。

 ブルルルル・・・。

<これだわっ!>

 とっさに判断し、あたしは走りに走った。
 そしてちょうど角を曲がって来た荷車の前に、両手を広げて立ちふさがる。
「火附盗賊改です! 火急の用につき、止まりなさいっ!」
「榊さんっ!?」

 ヒヒーン!

 いきなり飛び出して来た人間に驚いたのか。
 荷車を引いていたその動物───馬、は何とかその場で停止したものの、後ろ足2本で立ち上がり興奮状態になってる。前足をガシガシと空中でかき、今にも前方のあたしを蹴飛ばしそうな勢いだ。


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09月17日(火)
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