ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(7)−2 外法帖
「先ほど訪問した笹屋で、あたしは奥方から打ち明けられたんですよ。亭主が持っていたはずの巾着袋が、おろくの火事以後見当たらないのだと。小銭も相当入っていたはずだと。・・・そして何より久兵衛自身、巾着袋なんてどうでもいいと、新しい巾着も作りたがらなかったそうなんですよ」
 ───御厨さんの青褪めた顔がゆるゆると、驚愕から絶望の表情へと変貌していくのを、でもあたしはどこか他人事のように眺めていた。

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 多分───あたしと御厨さんは今、同じような情景を思い描いていることでしょうね。

 刻は1ヶ月前。姉の凶行を止めるべく、病の身を押して日本橋の呉服屋・小津屋を目指す、おろくの弟・勇之介。
 それが小津屋の裏手にたどり着いたところで、いきなり後ろから殴り掛かられ、必死に抵抗するもあえなく昏倒・・・。
 血の滴り落ちる巾着袋を、悲鳴を上げて放り投げるは笹屋の久兵衛。それを拾い上げるは岸井屋の又之助。
 2人は1度だけ振り向いたけれど、それは勇之介が起き上がらないことを確かめるため。微動だにしないのを見て取るや否や、一目散にその場を立ち去る。
 そして・・・小津屋は炎に包まれた・・・・・!!


 火付盗賊改を勤めるようになってから、何となく分かるようになった心理なんだけど。
 ごくごくまっとうな生活をしている人間がうっかりある日、人を傷付けてしまったとする。そして自分のその犯罪を、世間から隠そうとしたとする。
 すると人間の当然の心理として、その犯人は凶器なり事件を連想するものなりを無意識のうちに、避けてしまう傾向があるのよ。事件を自分自身思い出したくないと言うことと、下手な尻尾を出したくないって言う、自己防衛本能からね。

 今回にもこの法則が、当てはまらないかしら?
 巾着袋を無くしたくせに、新しいものを作りたがらなかった久兵衛。
「死んだ勇之介と似たような年頃の」息子を近寄らせたがらず、「顎の傷を作ったはずの」飼い猫は可愛がっていたと言う又之助。
 そして───彼ら2人が襲われた時、どちらも『自分たちは小津屋の火事とは無関係だ』と言わんばかりに、発火しそうなものは何も持ちあわせていなかった、と言う、一見偶然にも見える共通点───!

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「まさか・・・まさか榊さんは、岸井屋と笹屋がおろくの火付けを知りながら止めなかったどころか、それを止めようとした弟まで見殺しにしたと、そうおっしゃるんですか・・・? そ、それじゃあ岸井屋は、万が一にも久兵衛の口から事件の真相がバレないようにと、共犯の質草としてあの巾着袋を預かっていたと・・・!?」
 真っ正直な御厨さんだけに、あたしが立てたあまりにおぞましい仮説を、そしてその結論へ到達するに至った自分自身の心を、信じたくないに違いない。
 けれどそれを否定するには、あまりに状況証拠が揃い過ぎていて。
「・・・物的証拠はどこにもありませんよ、御厨さん。それに・・・それを証言する者も、もう誰もいやしない。勇之介と岸井屋は焼け死に、笹屋は廃人同然。それこそイタコにでも縋るほか、ないじゃありませんか・・・」
 何の慰めにもならないと分かっていながら、あたしは自分自身の心の平静のために、そう告げることにした。

 ───おそらくは。
 焼死した勇之介の怨霊だわ。岸井屋・又之助と笹屋・久兵衛を襲ったのは。
 久兵衛は襲われた瞬間、そして又之助は久兵衛の様子を奥方から聞いて、そのことに勘付いたに違いない。
 だから又之助は、久兵衛が襲われてから死ぬ直前まで、岡場所の遊女たちに庇ってもらっていたのよ。彼女たちの名を「おろく」と呼ぶことで、姉大事の勇之介が自分を害せないように・・・!

 けどこれはもはや、あたしたち火附盗賊改の仕事じゃない。鬼や物の怪の専門家とも言える《龍閃組》の領分だ───。
「明日にでも・・・龍泉寺の連中に、この事件の収拾を頼みに行くことにいたしましょう。そうすれば・・・勇之介とやらの迷える魂も、何とか見つけることぐらいはできるでしょうから・・・」
 そう、強がりを呟きながら。

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04月27日(土)
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