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ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(4)外法帖
「そう言えば裏口から引き返してきた時、油売りの行商に会いました。赤い、子供の手作りみたいな不器用な繕いのお守り袋を下げている男でしたが、彼に聞いて下されば分かります。私どもが出て来た時はまだ、小津屋は火など付いていなかったはずだということを」
ってね。
・・・もっとも、そうなる前におろくが火付を白状したから、本格的な取り調べは行なわなかったらしいけど。
笹屋も岸井屋も、さぞや胸をなで下ろしたでしょうよ。おろくが罪状を認めるのがもう少し遅かったら、「白状しない限り生きて出られない」と噂の拷問を、受ける羽目になったんだから。
もっとも、それから1月もたたないうちに原因不明の焼死をとげるとは、思いもよらなかったでしょうけど・・・。
───分かったでしょ? 笹屋の主が、岸井屋の主の死に関連があるかもしれないって理由が、さ。
さすがに笹屋が殺した、とまでは言わないわよ。だけど、岸井屋が今回あんな目に遭った理由について、心当たりくらいあってもおかしくない、って思わない?
何せ2人には共通点があるんだもの。借金で店を取られそうになっていて小津屋を怨んでいた事、小津屋から火が出る直前に「揃って」店を後にしている事、とりあえず火傷は負わずに済んだ事───なんて、一見重箱の隅を突っつくみたいなものではあるけれど。
万が一にも、岸井屋と同じような怨みとか買っていたとしたら・・・今度狙われるのは笹屋の方、ってことになり兼ねないわ。そしてその恨みを晴らす場所が人けのない屋外じゃ無く、燃えるものがいっぱいある家の中だったとしたら・・・!
罪もない町人達が、また巻き込まれて犠牲になったんじゃ、たまったものじゃないわよ。
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「・・・何だか平和よね。この間龍泉寺で、あんな物騒な事があった後とは思えないくらいに」
あたしはゆっくりと歩きながら、一歩下がってついて来る御厨さんにそう話し掛ける。
良い天気だわ〜。空がどこまでも青いこと。仕事がなかったら、のんびりと散歩でもしたい気分よ。
「そうですね。最近は大宇宙党も、鬼道衆とやらも目立った動きは見せていませんし」
そう頷きながらも、御厨さんの顔色は冴えない。
・・・ま、そうでしょうね。いわゆる嵐の前の静けさなんじゃないかって、あたしだって思っちゃうもの。あの胡散臭い黒蠅翁なんて奴が、思わせぶりな言葉を残して消えたりしなかったら、あたしだってもう少しは楽天的な考え、出来たと思うんだけど。
あたしたちの複雑な思いとは裏腹に、町人たちは今日も元気に動き回ってる。
今もちょうど目の前を、天秤棒を担いだ魚の行商人が通り過ぎて行ったわ。
その姿を何となく見送っていたあたしだけど、ふと思い出す事があって御厨さんに聞いてみることにした。
「・・・ねえ、御厨さん。そう言えば結局、岸井屋たちが言っていた油売りには話、聞く事が出来たんだったかしら? 記録には残ってなかったみたいだけど」
「それなんですが・・・」
荷物を積んだ荷車をよけながら、律義な御厨さんは渋い顔で応えてくれる。
「あの火事の後、その油売りは浅草に姿を見せなくなったそうなんです。確かに火事の前までは、よく灯油を売りに来ていたみたいなのですが」
ちらちらと周囲をうかがいながら、人が近寄ってこないのを見計らって御厨さんは話を続けた。
「・・・聞くところによると、その油売りは小津屋の近所の長屋の連中に、灯油用の魚油を売りに来てたと言う話です。馴染み客が多いと言う事で、毎日のようにあの近辺に売りに来てたとも聞いています。もちろん、火事当日も」
「なのに、今はぱったりと来なくなった・・・?」
「ええ。・・・もっともその油売りは、小津屋から火が出た時に結構近くにいたそうで、真っ先に油を抱えて逃げたらしいですが」
「ま、それが賢明でしょうね」
だって売ってた油に火が付いたら、油売りが焼死するくらいじゃ済まないわ。火事の被害がもっと拡大した可能性もありうるし。
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03月21日(木)
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