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衛澤のどーでもよさげ。
by 衛澤 創
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■写真。
当頁10月9日付の記事で大阪市内まで単車で行ってきましたという話をさせて頂いたのですが、何の用事のために行ってきたかをまだ言えませんということを書いておりました。その用事について言えるようになりましたので、少しお話しさせて頂きます。
用事というのは「OUT IN JAPAN」というプロジェクトに被写体として参加するためでした。グッド・エイジング・エールズという団体がありまして、「LGBTと、いろんな人が、いっしょに楽しめる未来」を目指して活動しているのですが、「OUT IN JAPAN」はその活動のひとつです。当事者が実名で顔出しするプロジェクトです。
カミングアウトを望むセクシュアルマイノリティを応援できる社会実現のための手段として、プロの写真家が5年の間に1万人のセクシュアルマイノリティ当事者の写真を撮るよ、というプロジェクトが「OUT IN JAPAN」です。
その参加者というのが……「OUT IN JAPAN」PROJECT #001のページをご覧頂くと判ります通り、錚々たる有名人の顔が並んでおり、見目よい人たちの姿が並んでおり……何とも「キラキラ」していて「シャイニー」なんですよね。そのことに私は何となく反発心を感じておりまして。
このプロジェクトは当事者の写真を使って非当事者に訴えかけるものです。「カテゴリの名前だけはよく聞く、何処かにいるらしいけど自分の近くにはいない」と非当事者が往々にして思っているセクシュアルマイノリティを身近に可視化する活動です。
その可視化された、「見えてきた」当事者が悉く「キラキラ」で「シャイニー」だと、非当事者のみなさんは「セクシュアルマイノリティとは「キラキラ」で「シャイニー」なもの」と認識してしまうのではないかしら、と危惧するものであります。
このプロジェクトが始動する少し以前、とある自治体が同性パートナーシップ条例を定め、セクシュアルマイノリティ(LGBT)を誘致することで「LGBTフレンドリーな当地は御洒落でクリエイティヴな街です」のような発信をしようとしている様子を見て強い違和感を覚えていたのですが、それと同質の匂いを感じたのです。
「セクシュアルマイノリティ」に過剰な素敵イメージがついてしまうのではないか、確かにセクシュアルマイノリティ当事者にはキラキラシャイニーで素敵な人はいるが、そうでない人も沢山いるし、むしろそうでない人の方がおおいのが実情だろう、と。そうでない人をこそ可視化すべきなのではないか、と。
「OUT IN JAPAN」がCONCEPTで述べている通り「市井の人々を含む多彩なポートレート」によってセクシュアルマイノリティ当事者の可視化を図ろうとしているなら、キラキラシャイニーとは逆ベクトルの、何の輝きもなく見目もよろしくないその辺をうろうろしている汚いおっさん当事者―――そう、私のような当事者をも可視化するべきである、と思ったのです。
そして、「OUT IN JAPAN」がほんとうに「市井の人々を含む多彩な」人たちを被写体として択んでいるのかを問う意味も、私の被写体としての応募にはありました。「そうは言いながらほんとは写真映えする人ばっかり集めてんじゃねえの?」という疑心があった訳です。
果たして、「OUT IN JAPAN」PROJECT #003(大阪撮影会)には150件の応募があったらしいのですが、私はその中から被写体として選定され、10月9日の撮影会に参加してきたのです。
案内には「当日は、自分らしい格好でお越しください」とあったので、普段着であるアロハシャツにサンダル履きで原付単車に乗って行ってきました。写真に写るのは上半身だけなのでサンダルも原付も関係ありませんが。
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11月16日(月)
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