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ドラマ!ドラマ!ドラマ!
by もっちゃん
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■さだまさし「償い」について@本日のブロードキャスター
 まず、以下は私が2001年10月に行ったさださんのコンサートでの覚書である。

 「昨日のさださんのコンサートでは『償い』が歌われた。
 さださんは、もし自分がブッシュなら、そしてあの時「報復はしない」と言ったら、戦は始まらなかったんだろうか?テロは止んだんだろうか?そして大統領としての職責は追われただろうか?アメリカの国民はどう思ったろうか?結果はわからない。でも、とにかく、また別の新しい命が奪われる事になったのは違いない、と言った。
 もし、自分の愛する人が、あのビルにいたら、そして自分は加害者を特定できたら、仇(あだ)をうちにいったろうか?そして、その加害者の家族にとって、今度は敵(かたき)となる自分の命を、自分はどうするのか?差し出せるのか?また仇を討たせるのか?堂堂巡りの血の連鎖。 10月18日記す」

 そんなことをMCに言われた。『償い』はもう20年も昔のアルバム『夢の轍』の収録曲で特にファンの間でもメジャーではない。いい歌がたくさんあるが、テーマの重いものが多く、コンサートでもそう、『償い』を聞いた覚えは無い。私は「そうくるか?」「やっぱそうきたか」と思った。『償う』ということの一つの形を歌ったものだが、被害者はもちろん加害者も辛い歌で、「もし自分がそういう立場になったら」そう思うと胸がつまって涙が止まらない。いい歌だけどある意味絶対泣くから頻繁に聞きたくはない・・・かな。

 このコンサートの時は同時多発テロ後で、そのことについてさださんも述べられたので私の覚書はこう続く「テロリストだけではない。原理主義だけではない。利権がそこに絡んでいる限り、戦はなくならないと私は思う。」

 「昨日・・・」と始まっている。それは、これを書いたのは翌日、劇団MOTHERの「クラウドバスター」を見たからだ。実は、この覚書はこちらの話題から始まる。

 「『クラウドバスター』旧作は半ばでG2が倒れたらしい。未完の前作を新作としてアップしたらしい。
 中々、世の中、テロだとか戦争だとかやってる最中に、なんてマッチした台詞。『人の血を流すのは止めてください。それが本当に神のご意志なのですか?』問う妻に『これは、神の意志。それに相手は人ではない。トルコ人だ。』とあまりの残虐な戦ぶりにいつしか血で染まったドラキュラ伯爵と言われた男が答える。キリスト教国に攻めるオスマン・トルコの時代の話。
『あなたの罪を血塗られた罪を償うために、私の血を・・・』自害する妻。それでも戦地へ出るが、そこで倒れる伯爵。死に瀕した体に、吸血鬼が入り込んで、物語は東京タワー建設当時の日本へとつながってゆく」

 のだが、これで前夜のさだまさしの『償い』を思い出し書き出しの文章を書いたものだ。そして、そのさださんのコンサートに関することから更に第三舞台の『ファントム・ペイン』とさださんの『あと1マイル』をリンクさせ、拙文が続く。それはまた別の話。

 ブロードキャスターで『償い』が取り上げられたのは、東急田園都市線三軒茶屋駅で昨年4月、銀行員が暴行を受けて死亡した事件で、東京地裁が19日、傷害致死罪に問われた当時18歳の少年2人に対し、検察側の求刑通り、それぞれ懲役3年以上5年以下の不定期刑とする実刑判決を言い渡したのだが、山室恵裁判長は判決後、さだまさしの「償い」を引き合いに出したことが反響を呼んだからだ。加害者は公判では、「深くおわびします」などと謝罪する一方、酔った被害者が絡んできたことが発端で、過剰防衛に当たる、などと訴えていた。この日、山室裁判長は「酔った被害者が絡んだとはいえ、命を奪われるまでの落ち度はなかった。遺族らの無念さは察するに余りある」と述べ、判決言い渡し後、2人に対し「唐突だが、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」と問いかけたという。「この歌の、せめて歌詞だけでも読めば、なぜ君らの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と諭した。


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02月23日(土)
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